材料開発現場と信頼を積み重ね
MI技術の立ち上げに成功

材料開発現場と信頼を積み重ねMI技術の立ち上げに成功
四橋 聡史
四橋 聡史

専門:マテリアルズインフォマティクス・計算科学 【博士(理学)】
テクノロジー本部 マテリアル応用技術センター

※所属・内容等は取材当時のものです。

「理論物理の知識を使い、環境分野の仕事がしたいです!」。入社面接で熱き志を語り、次々と形にしてきた四橋さん。いきなり専門外の分野の壁にぶち当たり、マテリアルズインフォマティクス(以降MI*1)の立ち上げ当初はその発想の新奇性から、材料開発の技術者とは距離を置かれたこともありました。しかし、壁に穴を開けるように少しずつ信頼を得て、今では多くの開発現場と手を結び、事業貢献を積み重ねています。「なぜそこまで」という問いに、「目標は、達成するまでやり続けるもの」。成功するまでやる、だから失敗はない。高度専門職*2の立場から見据える、材料開発の進化について四橋さんに聞きました。

*1 MI:マテリアルズインフォマティクスの略。材料開発において、分子レベルの原料成分比など無限にある組み合わせの中から、特性が期待できるものを機械学習、計算科学で導き出す技術。MIは、何十万通りという可能性の中から良い性能が得られそうなあたりを予測できるので、人の手による実験よりも研究開発期間を大幅に短縮でき、人知を超えた素材の発見が期待できる。

*2 高度専門職…パナソニック ホールディングス株式会社では、高い専門性で活躍する技術者を対象に、専門性を評価し活躍を後押しすることで技術による価値創出強化を目指す「高度専門職制度」を2015年から導入。

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初めは小さな一歩から

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Q 材料開発の革新技術と言われるMI。どのようにして技術を立ち上げたのですか?

従来の材料開発は、複数の元素を実験で組み合わせて、新たな性能や特性を探る方法が主流でした。その組み合わせは無限大。これをブレークスルーするのがMIです。機械学習や計算科学を使って、膨大なデータから性能が期待できそうな組み合わせを予測できるので、開発の時間とコストを短縮できます。よく誤解されるのですが、MIさえ活用すれば実験しなくても材料開発できるのかというと決してそうではありません。開発現場が試行錯誤を繰り返し、これまで蓄積してきた実験データ、いわば大きな「資産」があってこそ、私たちはMIを上乗せする形で材料開発を加速することができるのです。

今でこそ、MIの中枢技術である機械学習やAIは浸透していますが、立ち上げ当時は、社内でも「そんな新技術もあるんだな」というくらいのレベル。一方的に技術提案をしても開発現場に響かないですし、ましてや従来の手法に対する「横やり」だと思われてしまえば、そっぽを向かれかねない開発現場から上がってきた小さなテーマから着手し、段階を踏みながら信頼と実績を積み重ねていくことに注力してきました。立ち上げから今年で6年目を迎え、おかげさまで電池材料をはじめ、各部門の開発実績が年々増えてきており、当部署のメンバーだけで手が足りないほど。引き受けた以上は、「必ず成功するまで続ける」が私の信条ですので、何もなかった状態から何とか軌道に乗せることができ、本当にありがたい。事業そのものではありませんが、技術を立ち上げた経験は貴重でした。

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知らないからこそ、正直な心で学び続ける

Q これまでのキャリアで自身の最大の強みはどんなところですか?

入社以来、固体系から有機系まで材料とプロセスを取り扱い、材料開発の理論から実験まで幅広く理解しているところでしょうか。大学院時に理論物理で博士号を取得した私にとって、材料開発は研究方法も専門領域もジャンプの連続。中でも大きな転機は、2006年から開発に加わった燃料電池用触媒です。折しもパナソニックグループが燃料電池の開発に注力した時期で、私には化学の知見もなければ、人脈もない。触媒を専門に研究されている大学教授を見つけ出し、ぜひ学ばせてほしいと懇願。突然の依頼にもかかわらず、快く会って教えていただいた喜びは今も忘れません。

知らないことが目の前にあったら、答えが出るまで学び続ける。個人が持ちうる専門的な知見は限られていますから、逆にそれ以外の部分に視野を広げる方が意義は大きいと常々感じています。私のポリシーは、「死ぬまで学者でありたい」。学者とは大学教授のような特定の研究職に携わる人だけを指すわけではない。研究、開発、経営……、どんな専門でも仕事として究めるなら、別軸で学び続けられる。私はこれからも学び続ける人でありたいと思っています。

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Q パナソニック ホールディングスならではの高度専門職の醍醐味とは?

取り扱っている商材が実に幅広く、技術から経営観点まで多岐にわたる問題に携わる機会が多いこと。専門性と俯瞰能力が同時に求められる、意義のある仕事だと感じています。電池といった電子部品の一部分など、商材の「奥」にある技術は、どれだけ売り上げや利益に貢献できているのか、具体的な指標を設定しづらいと言えます。最終製品の競争力を高め、差別化を図るために、材料開発の加速に注力する。その上で、どういう技術であれば経営貢献に結びつくのか。高度専門職に就いてから、私の中でより重点的に考えるようになった課題です。明確な答えは私の中にはまだありませんが、材料開発を続ける限り納得できるまで答えを探し続けたいです。

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迷ったら、理論に立ち返る

Q ご自身が影響を受けた人物は? どんな教えを、どう今の仕事に生かしていますか?

大学院時代にお世話になった2人の恩師です。1人は私の指導教官だった教授で、武谷三男氏が提唱した三段階論を教えてくださり、研究を重ねる度に重要性を改めて認識しました。実験は大抵うまくいかないケースが多く、その原因も最初はよく分かりません。三段階論に立ち返り、まずはありのままの現象として受け止め、法則性を探っていくと、本質が見極められる。MI立ち上げの際、当時新技術であったにもかかわらず、最初から違和感なく理解し、開発を進められたのは、三段階論を軸にして考えることができたから。この理論が提唱されたのは1942年のこと。たとえ時間を経ても、優れた理論はどんな技術にも応用できると、私は信じています。

もう1人は、大学時代に計算科学の基礎をご教授くださった先生です。入社後、技術開発が思うようにいかず、相談に乗っていただいた際、「チャレンジしなければ元気も出ない」と一言。「前向きな気持ちを失ってはいけない」と思い直し、仕事に打ち込みました。先生は70歳を過ぎても今なお、はつらつと研究に打ち込んでいらっしゃいます。年を重ねても、視野を広げ学び続ける意欲的な姿に深く感銘を覚えます。背中を追い続けていきます。

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環境問題の解決へ、材料開発の進化を加速

Q パナソニックグループは地球環境問題を事業の最優先に掲げ、商品、サービスを開発しています。材料開発が果たすべき役割とは?

「パナソニック環境ビジョン2050」を掲げ、自社の活動はもちろん、商品やサービスを通じての環境負荷軽減の実現を目指しています。グループ全体が地球環境問題の解決を最優先に掲げ、電池などのエネルギー系材料や環境低負荷材料の進化を進める中で、MIはその進展の大きな鍵を握っていると言えます。今後さらに高性能、高付加価値の商品を生み出すには、材料開発の進化があればこそ。個人的にも環境問題は大きなテーマです。入社の志望動機は、理論物理の知識を生かし、パナソニックグループで環境分野の開発がしたかったから。熱電変換材料や燃料電池、CO2変換触媒と、入社以来、環境エネルギーの材料開発に携わってきました。願っていたキャリアを歩ませていただきましたから、経験を生かして全力で挑む所存です。

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人、技術をつなぎ、シナジーを生み出す。

材料の研究開発に打ち込んできた技術者と、その成果をデータとして扱い解析するMI技術者の連携がなければ、成果を出すことはできません。互いの技術力を結集させ、新材料開発というゴールに向かうために自分が果たすべきは、人、技術をつなぐこと。専門の異なる人材と交流できる環境からは、大きなシナジー効果が生まれると信じています。全ては小さな信頼の積み重ねから。MIの立ち上げた際に身をもって学んだからこそ、小さなことの積み重ねを大切にしたいと考えています。