狙うはニーズとシーズの一致
戦略的研究開発テーマで市場を拓く

狙うはニーズとシーズの一致 戦略的研究開発テーマで市場を拓く
高度専門職|シニアリサーチャー
能澤 克弥

パナソニック ホールディングス株式会社
テクノロジー本部 
マテリアル応用技術センター 4部

Profile

1995年に入社し、高周波IC向けSiGeC(シリコンゲルマニウムカーボン)薄膜結晶成長技術およびデバイス開発に従事し、その手腕により携帯電話向けICに技術が採用される。2002年から企画部門にて金融工学の手法を利用し、リスクを考慮した研究テーマ価値の定量的評価技術を開発。また、2005年から2年間、米スタンフォード大学に留学し最先端の光学技術を習得する。現在は、分光技術を活用した製造工程の温度モニタリング技術と製品の状態検査技術の開発に従事。これまで測定できなかった製造中の温度分布の情報などを取得することで、製造条件の高速最適化、下流工程への不良品流出の抑止に取り組んでいる。

※所属・内容等は取材当時のものです。

社会のニーズを的確に捉える分析力、先進的なアイデアを生み出す技術力。どちらが欠けても、事業貢献できる研究開発テーマにはたどり着きにくい。能澤さんはその両方の視点をあわせ持つバランス感覚に長けた技術者です。研究テーマの価値評価技術を構築した経験から、市場規模、競合分析などの指標を用いてリスクとリターンを分析し、価値のある研究開発テーマを起案してきました。支えにしてきたのは「企業技術者は事業、社会貢献を最優先すべき」という信念です。ご自身の転機、パナソニックグループのこれからについてお聞きしました。

Chap.1
携帯電話向け半導体デバイスを開発

一企業技術者として汗をかく努力と覚悟を

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Q 原点となった開発とは?

入社後、最初に配属された部署で開発に従事した高周波IC向けの半導体デバイスです。半導体の素材であるシリコン基板の上に新たな薄膜を成長させる技術を開発し、シリコン単体よりも移動度が高く、高速動作が可能な半導体デバイスを目指していました。課題は大気に触れるとシリコン表面に生成する、自然酸化膜の存在。この膜を取り除いてから薄膜を成長させないとデバイス性能に悪影響を与えてしまいます。高温ガスを使うと回路自体に損傷を与える可能性があり、いかに低温で除去できるかが開発のキーポイントでした。さまざまな条件下で実験を繰り返す方法もありましたが、まず私が取った行動は自然酸化膜の分解過程の解明でした。

関連する論文を読みあさり、分解過程の解明に有効な評価装置を自ら見つけ出して導入し観察すると、それまで単純な時間変化による分解と思っていたものが、2段階の過程であることを発見。段階ごとに分解方法を変えることで、ついに低温でのデバイス開発に成功しました。当時開発した高周波IC向けの半導体デバイスは携帯電話に採用され、あまりにうれしくて発売後真っ先に採用機種を購入。20年以上たった今も自宅で宝物のように保管しています。若手時代に開発に携わった技術が製品となり、世の中の人々に役立てられる喜びを初めて味わい、一企業技術者として汗をかく覚悟が芽生えました。

Q ご自身の強みを教えてください。
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手を動かして部品を組み立てるのが好きで、これまで携わってきた半導体、カメラ、光学の知見を駆使し、汎用装置では測定できないような評価が可能な装置を一から自作できることです。現在は光学技術をもとに独自の評価装置を活用して、製品製造工程のリアルタイムモニタリング技術と製品状態の検査技術を開発しています。

また、特殊な評価装置を生かして、不良解析や材料開発の評価などさまざまな事業部からの相談案件にも対応しています。パナソニックグループは事業領域が広く、持ち込まれる案件も多種多彩。時には知財侵害訴訟の反証のための実験を依頼されることもあります。高度専門職に任命されている技術者の多くは一つの技術分野を突き詰めるスペシャリストかと思いますが、私はジェネラリストタイプだと自任しています。技術の引き出しの多さを生かし、あらゆる課題を総合的な知見で解決していく。私らしい技術貢献をしていきたいと考えています。

Q パナソニックグループで働いてよかったことは?
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「最先端の光学技術を学びたい」と手を挙げ、アメリカのスタンフォード大学に2005年から2年間留学させてもらいました。当社は留学以外にも国内外の大学と共同研究を行う機会が多く、外に開かれた企業だと感じます。入社後に学位を取得した方も私の周囲に何人かおられ、アカデミックな分野に興味のある人には最適な環境ですね。また、当社は事業領域が幅広い分、部門ごとに専門性の高い技術者が数多く存在しているため、アドバイスの相談先が身近にあり知識を増やせることも魅力です。

Chap.2
研究テーマの評価技術を新構築

面白さだけで開発を進めていいのか

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Q 転機になった出来事は?

2002年から約3年間、金融工学*に基づく研究テーマの価値評価技術の構築を任されたことです。価値評価技術とは開発コスト、市場規模、競合分析などの指標を用いてリスクとリターンを分析し、研究テーマの投資価値を定量的に評価する仕組みです。今思えば、評価技術を徹底的に追究しようとした経験がなければ、今の私はなかったのかもしれません。事業や社会への貢献、さらにお客さまへのお役立ちという広い視野を常に持ち、おかげで研究開発テーマの起案能力や開発の方向性を修正できる運営能力が高まったと実感しています。

*金融工学:確率や統計といった数学的手法を駆使して分析し、リスクを避けて効率的なリターン(収益率)を追究する学問。

Q 価値評価技術を開発して以来、ご自身の開発にどのような変化が?
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狙うべきニーズと技術シーズを一致させ、戦略的な研究開発テーマを掲げればより打点の高い価値ある商品を開発できる。その好例が積層型イメージセンサーの高機能化開発でした。太陽光のうち大気に吸収される特定の波長領域に着目。この領域を応用すれば、強い太陽光下でも妨害されず、自ら照射した光が戻ってくる時間を計測でき、障害物の有無を調べられるイメージセンサーが実現可能と分かりました。当時市場規模が広がりを見せていた自動運転に視野を広げ、衝突防止センサーに導入できれば車載技術の安全性に貢献でき、開発コストを上回るリターンを見込めると提案しました。

高度専門職に任命以来、若手技術者に私自身の経験を踏まえたアドバイスを積極的に伝えるようにしています。私が常々語り掛けるのは、「われわれは企業技術者。単なる技術的な面白さだけにとらわれるな」ということ。多角的な視点を重視し、研究の先に事業貢献はあるのか、お客さまへのお役立ちはあるのか、自分自身に問い続けてほしいと願っています。

Chap.3
To the Next

あこがれに近づくために

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新幹線をつくり上げた鉄道技術者、島秀雄さんの業績に深く感銘を受けており、尊敬しています。交通を通じて日本社会を大きく変化させ豊かな社会に導く――。まさしくパナソニックグループの経営理念の一つ「世界文化の進展に寄与」と重なります。島さんのように社会をより良い方向に導ける技術を世の中に送り出すことが私の夢。目標が高ければ高いこそ、途中に設定した小さなゴールを一歩ずつ刻み続けなくてはなりません。積み上げたその先にあるのは世界トップ。その頂からは、私が目指すべき「お客様がパナソニックグループの商品・サービスを利用して豊かに生きる姿」が広がっていると信じています。