学びでつかんだ変革の姿勢
高レベル光学技術で事業貢献

学びでつかんだ変革の姿勢 高レベル光学技術で事業貢献
市橋 宏基
市橋 宏基

専門:光学設計・解析【博士(ナノフォトニクス)】
テクノロジー本部 デジタル・AI技術センター

※所属・内容等は取材当時のものです。

市橋さんの原点は、駆け出し時代に積み重ねた「学び」の体験。光学の幅広いフィールドに足を踏み入れたときから、「人と違うエンジニア」を目指して研究を続けてきました。現在は高い知見を持つ光学技術者として、日本光学会関西支部幹事や大阪大学の非常勤講師を務め、多岐にわたる役割を担っています。社内外にわたり活動の幅を広げるエネルギッシュな市橋さんの原動力は「事業化への飽くなき追求」。高度専門職*1に選ばれた者だけでなく、全ての技術者が持つべき使命だと力を込めます。技術の基礎を固めた新人時代や働きながら学位取得に挑戦した経緯など、自身の転機を中心に伺いました。

*1 高度専門職…パナソニック ホールディングス株式会社では、高い専門性で活躍する技術者を対象に、専門性を評価し活躍を後押しすることで技術による価値創出強化を目指す「高度専門職制度」を2015年から導入。

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ひたむきに学び続ける

Q 最初の配属先ではどのような新人時代を過ごしましたか?

私が配属された部署は、当時人材育成に力を入れており、特に新人技術者への教育を重んじていました。入社したばかりのころは光学の専門技術を十分理解できておらず少なからず不安を感じていましたが、社内で活発に行われていた論文輪読などの勉強会に参加することで、多くの時間を知識習得に充てられました。光は太陽光や照明、スマートフォンのディスプレーなど、私たちの生活に密着していますが、光学の領域は幅広く、光の性質や周辺環境によって、その概念が異なります。まっすぐ進む光線という概念で捉える幾何光学、電磁波の一種で波の概念で捉える波動光学に大別され、量子光学、電磁光学とさらに細かく分類されます。これら光の性質の原理原則を熟知し、理解した上で、初めて理論を応用し、設計や解析が行えます。

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パナソニックグループは光学技術を搭載した商材が幅広いだけに、高い知見レベルを持って対応しなければなりません。私は、これまで人工衛星搭載用の赤外分光計やエキシマレーザー共振器などさまざまな技術開発に携わってきましたが、いずれも応用する光学分野が異なります。分光計を設計できた技術をそのままレーザー光の開発に結びつけられないのが、光学ならではの難しさであり深いところです。「人と違うエンジニアを目指したいなら、徹底して勉強に励みなさい」。当時、指導担当だった先輩の言葉は今も胸に刻んでいます。もし先輩に出会わなければ、私は違うタイプのエンジニアになっていたかもしれません。

Q 2018年徳島大学理工学部で博士号を取得。働きながら大学に通おうと決断した経緯を教えてください。

きっかけは、有機ELディスプレーの開発過程で初めて知った表面プラズモンという光学現象でした。金属に光が当たると、金属表面の自由電子が集団的な振動運動が発生します。これが表面プラズモンで、ディスプレーの発光を妨げる要因の一つと考えられていました。生来の知識欲に火が付き、研究をさらに進めるうちに表面プラズモンは有機ELディスプレーでは発光ロスにつながる、いわば邪魔物なのですが、その特性を生かした新規デバイスを開発できるのではと考えるようになりました。懸案だった開発が終わり、表面プラズモンを扱う機会がなくなりましたが、研究心が抑えきれない。大学なら自由に研究できるのではと、一念発起しました。

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当時社内では、社員の籍を持って働きながら、大学院の学生として博士号取得を目指して研究に取り組む人は少なかったはずです。40代半ばで迷わず決断できたのは、新人時代に経験した「学び」の姿勢も後押ししたのでしょう。仕事の傍ら、多いときは毎週のように徳島へ。大学での研究成果が思うようにいかず、論文の審査に落ちたときは、何度もくじけそうになりました。けれど、最後まで支えになったのは、自分自身で掲げた研究への探求心。何が何でも博士号を取得するんだという強い意志でした。

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挑戦から変革を導く

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Q 博士号を取得後、学会の要職に推薦されるなど、社外活動も活発です。これまでどんな活動を?

光学の解析技術の第一人者として、国内学会から評価をいただき、日本光学会の理事をはじめ、光設計賞の審査委員など数々の要職に推薦されました。こうした学会活動を通じて私が常に意識するのは、パナソニックグループへの事業貢献です。社外の研究者と横のつながりを広げて情報交換を行い、自社開発に還元させたい。また、2年ほど前から大阪大学の非常勤講師を務めており、今年からは新たに京都工芸繊維大学でも年数回講義を担当しています。受講生の多くが、就職活動を始める大学院生ということもあり、普段の研究の様子など質問される機会が多く、自分自身の体験をもとにパナソニックグループで働く魅力を伝えています。

パナソニックグループは家電、産業機器分野などのデバイスから商品・システムおよびソリューションに至る幅広いビジネスを行っており、さまざまな分野で技術を応用できるチャンスがあります。所属するデジタル・AI技術開発センターのオプト・メカトロソリューション部は、グループ全社から光学に関するあらゆるお困りごとや相談が持ち込まれます。商材が幅広い分、高レベルな知見が必要ですが、事業規模が大きい分、解決できた喜び、やりがいは計り知れないほど大きい。高度専門職に就いてから、より一層、自分自身の強みを生かして事業貢献したいという想いが募っています。専門技術性の向上だけでなく、学会活動を通した情報収集、次世代の優秀な人材確保も事業貢献につながると信じています。

事業化は技術者全員の使命。必ずやり遂げる

Q 現在のミッションと事業化に懸ける想いを教えてください。
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二つのミッションを担当しており、一つは青色半導体レーザー加工機の加工性能を左右する光学デバイスの研究開発です。青色半導体レーザーは、金属に対する吸収効率が高く、従来の赤外レーザーでは困難とされる銅やアルミなどの加工に適しています。より精度の高い加工を実現するには、高出力と高ビーム品質を兼ね備えた光源が必須。この光源を開発するため、当時まだ国内で理解されていなかった海外企業の波長合成技術の構造を独自で解読。その過程で新たに自社の技術特許を取得し、現在は製品販売の最終フェーズまで進んでいます。

もう一つのxR*2ソリューション向けの新規光学デバイス創出は先行技術開発で、長期的な視野に立ち、計画を進めているところです。先行技術開発は結果が見えづらく、その過程はいつも苦しいものです。しかし、研究開発の醍醐味とは、過去の技術を踏襲するのではなく、今まで誰も発見できなかった、新たなより良い技術や価値を見いだすこと。事業化は企業の研究開発に従事する全員の使命です。技術者は考え方や行動次第で挑戦者であり変革者にもなりえる存在なのだと考えています。

*2 xR(XReality):VR(Virtual Reality 仮想現実)、AR(Augmented Reality 拡張現実)、MR(Mixed Reality 複合現実)を組み合わせたデジタル表示技術の総称。

To the Next

外からの刺激を受け、技術開発を加速。

企業研究者の傍ら、学会の運営活動、大学の非常勤講師の両立は大変なように見えますが、自分自身はポジティブに向き合っています。何でも経験してみようと、創業者松下幸之助も大事にしていた礼節をわきまえ、素直な気持ちで人前に立つ機会や交流を重ねていくうちに面白さを感じるようになり、今では大学や企業の研究者から刺激を受け、自身のモチベーションアップにつながっています。外からの空気を社内に送り込み、技術開発の加速役を担いたい。あくまで本業第一。事業貢献につながってこその社外活動だと思っています。