人々のWell-beingに貢献できるロボティクス技術の可能性を追求するAug Labでは、社外から共同研究のパートナーを迎えている。デザイナーやクリエイターとの協働は多角的な視点をもたらすと共に、環境と人が快適に暮らすことを本質的に捉えるために欠かせない存在だ。
今回新たに歩みを共にした「MTRL(マテリアル)[運営:株式会社ロフトワーク]」は、あらゆる素材を活かしながらビジネス開発などを行っている。運営は、デザイン経営支援や空間デザイン、Webコンテンツなど、あらゆる領域でのクリエイティブワークを展開するクリエイティブカンパニー「ロフトワーク」だ。今回、MTRLとAug Labの挑戦によって、静かな生命体である苔(こけ)が活かされ、自然環境への畏怖すら感じる2つのインタフェース「UMOZ」と「MOSS Interface」が誕生した。MTRLディレクターの柳原一也さんと、竹腰 美夏さん(デザインユニット GADARA)のお二人に、コンセプトとなった「環世界」という価値観と、その制作背景について尋ねた。
インタビュー:西村勇哉(NPO法人ミラツク代表)
環世界が出会ったインタフェースのかたち
西村さん:はじめにお二人の所属から教えてください。
柳原さん:私は普段、ロフトワークの中のMTRL(マテリアル)という、主に素材メーカーさんとプロジェクトを実施する部署の社員として勤めています。MTRLは、人間が生活する上で欠かせない素材に着目し、「なぜ開発するのか」「それは私たちの生活に意味があるものなのか」という問い立てを重視しながらクライアントやデザイナー、エンジニアの方々を巻き込みながら「素材・技術開発、研究開発」における「意味のイノベーション※」を実現するために活動しています。
プライベートでは友人とGADARAというデザインユニットで活動を行っています。竹腰さんはそちらでずっと一緒に活動してきたこともあって、Aug Labとのプロジェクトでは技術的な面でサポートしてもらいました。
※意味のイノベーションとは...デザインシンキングの手法を用いて、製品に新たな意味づけを行い、それらが持ちえたこれまでのコンテクストなどの意味を急進的に変化させ、新たな価値を伴う製品をデザインし、新しい市場の創造の達成を目指すイノベーションの考え方。
竹腰さん:私は普段、ハードウェアのプロトタイプ制作、AIやプログラミングを用いたプロダクトデザインに関する研究開発などの仕事をしています。柳原さんや他の仲間と活動しているGADARAでは、自然物を活用したインタフェースなどの制作を通して、人とテクノロジーの心地よい関係性を探求する創作活動を行なっています。
西村さん:なるほど。以前からよく知っている関係性の中で作り上げていったんですね。では今回の共同研究で作られた「UMOZ」と「MOSS Interface」について教えてください。
柳原さん:今回、MTRLとして最初にご提案したのは環世界(かんせかい)という視点から、環世界インタフェースをつくることでした。環世界とは、19世紀にドイツの生物学者であり哲学者でもあるユクスキュルが提唱したもので「すべての生物はそれぞれ異なる知覚世界をもって生きており、その主体として世界を捉えている」という考えです。わたしたち人間にとっての世界観だけでなく、他の生物または生物以外のものにもおそらくそれぞれの世界観があるはずなんですね。すでに私たち人間は、人間が見ている世界だけのような感覚から抜け出せなくなっていることもあると思いますが、他の世界観に気づく体感をインタフェースで作れないだろうか、と考えました。
私たちの周りにはスマートフォンや、何かのリモコン、電気のスイッチなど、あらゆるインタフェースが存在しています。もしも自分の大切な思い出や大事なものを、自分の意思でコントロールできるとしたら、自分を取り巻く環境にどんな変化を起こせるのか、そうした世界観を感じられるプロダクトを提案したんです。
なかなか抽象的な議論になってしまうので、プロジェクトメンバーで目線を合わせながら進めていくために、プロジェクト初期にAug Labの安藤さんをはじめPanasonicの方々やMTRLのメンバーを交えたワークショップを実施しました。このワークショップでは、環世界を研究されている釜屋憲彦さんにもご参加いただき、環世界の考え方に関して共有する機会を設けました。釜屋さんご自身が取り組まれている昆虫の研究にもふれていただきながらわかりやすく環世界をインプットしていただきました。
そしてAug Labの皆さんと議論を重ね、人に寄りすぎることなく、植物をテーマにする案から苔の存在が挙がりました。結果として「UMOZ(ウモズ)」というロボットと、「MOSS Interface(モスインタフェース)」という、一見、苔にしか見えないけど実はインタフェースになっている2つの作品を制作しました。
竹腰さん:ロボットであるUMOZは歩くことで苔の環世界を見える化し、MOSS Interfaceは生活に環世界の概念を取り込みながら使用するような物になりました。いずれも環世界を理解するきっかけにできる存在だと思います。
柳原さん:一般的なスイッチなどは、例えばこの部屋を明るくしたいという明確な意図をもって使うものですが、MOSS Interfaceの場合は、苔を中心として照明の明るさが成り立っているような状態になります。MOSS Interfaceは苔の湿度とその部屋の明るさを連動させているため、季節や時間帯によって苔の湿度にも移ろいがあり、もはや人間には予測しきれないパラメーターでもあるんですね。そうしたMOSS Interfaceの存在によって、部屋の中の穏やかな変化を感じられたら面白いと思って提案しました。
環世界が私たちにもたらすものとは
西村さん:環世界を提案するに至った問題提起や背景などはありますか。
柳原さん:個人的な思いとして、人間中心過ぎないようなインタフェースの可能性を考えた時に、環世界が一つのきっかけになるように思いました。Aug Labの活動にすごく共感したのは「拡張」という言葉の解釈が身体的な拡張だけではなく、心の感性を拡張するような考え方もされていたことです。それはもう、スイッチを押せば電気がつく、といった機能的なことだけではない領域に広げるような話で、パナソニックはメーカー企業の中でもすごく先駆けて人間の感性に注目されてるんだと感じていました。
西村さん:今回すごく面白いと思ったのは、これまでも色んな共同研究パートナーの方々と色んなものを作る中で、基本的には今、人が感じる感性をそのまま拡張しているものが多い中で、環世界は、現在の延長線上とは違う世界観を認めていることでした。今の世界観だけでいいのだろうか、といった問いも示している気がしました。
柳原さん:それは、苔を面白いと思ったきっかけにも通じることなんですが、パナソニックさんとの別のプロジェクトで、苔製品の開発や販売をされている会津のGreen’s Greenという企業との出会いがきっかけでした。私はその時、苔に関する知識が全くなかったのですが、苔には品種も多いことや、例えば渋谷の道路の脇などにも苔が自生していること、排気ガスでさえもある種の栄養みたいにできることなど、様々な性質を教えてもらったんです。そしたら東京に戻ってからいつもの通勤経路でちょっと意識して苔を探したりして、渋谷を見る目が変わったように感じました。渋谷にはギンゴケという苔がけっこう多いそうです。それまでも見えていたはずなのに実際は見てなかったものが、視野が広がったようですごく面白く感じて、こうした体験をテクノロジーを通して実現できたら面白んじゃないかと思いました。
また、MTRLとしてこのプロジェクトを実施する意味をずっと考えていたので、吸音材など機能素材的な使われ方をすることがある苔をテーマにできたらMTRLらしいプロジェクトにも結びつけられるのではないかと思いました。
西村さん:なるほど、渋谷って一見あまり植物に優しそうな街には思えないけど、でも苔にとって良いんだとしたらこの街も悪くないな、とか、自分が思っていた植物に優しいという思いも一義的だな、とかそういった気づきですね。
柳原さん:まさにそうですね。
西村さん:竹腰さんはいかがですか?
竹腰さん:大前提として、完全に他人あるいは他の生物の環世界を理解することは無理だと思っています。その生物になることもできないわけですし。ただ、先ほど柳原さんがおっしゃったような他の生物のことを知るきっかけや、ふと世界を見る視座が変わるような機会はデザインとかテクノロジーを通してつくってみたいと思いました。
今回のテーマは苔でしたが、苔に限らず他の生物や他の人の環世界がふと垣間見えるような振る舞いをするプロダクトの可能性を感じています。例えば今回ならUMOZというロボットは「正しいかどうかは分からないけど、おそらくこういう世界観を持っているんじゃないか」という想像をして、思わずそばに置きたくなるようなプロダクトだと思います。そうした、忠実な環世界じゃないかもしれないけど、環世界について考え込んじゃうようなものを作りたいと思いました。
柳原さん:環世界って考えるほどにわからなくなっていくところがあるんです。UMOZもMOSS Interfaceも、いっぱいある環世界のただ一部にしか過ぎないんですよ。人間の持っているセンサーだってそもそも認識できてないことが恐らくいっぱいあるわけですし、完全な環世界インタフェースを作ることはもしかしたら無理なのかもしれないんですよね。ただ、そういったことを考えるきっかけになるようなものは作っていけると思っています。
足の生えた苔はどこへ移動するのか
西村さん:少し具体的な制作背景も教えていただけますか。実際の生きた苔を使うのか否かなど、恐らくいろんな方法やアイディアを試したんじゃないかと思うんですが、この形になった理由などあるのでしょうか。
柳原さん:いわゆる歩くロボットみたいなものはすでに市場には色んなものがあるわけですが、苔のように本来なら動かないはずのものが動く場合、やはり本物の方が絶対に楽しいだろうとは思いました。それも、人間が作った感じではなく、気づいたら動き出していたような。実際にはまだ苔がちゃんと育つ環境整備について課題は少し残っていて、それは苔の専門家の方の力もお借りしながら解決したいと思っています。
竹腰さん:わたし自身は今回、プロダクトデザインや3Dデータの作成などを担当していたのですが、当初は、苔を頭に乗せたロボットみたいな、頭頂のくぼみに苔を植えるようなデザインを考えていました。でも柳原さんと相談したら、苔を乗せるのではなく苔そのものに足が生えて移動するようにしたい、というイメージを聞かせてくれました。つまり植える苔を本物にするかどうかというよりも、苔そのものを歩かせたらどうだろうか、という考え方から、全身が苔になっている今の最終形態に行き着いています。
竹腰さん:苔は自分の成長に適した環境に根ざして自生しているのですが、一度根ざしたら動けないんですよね。でももしもその根が移動できるようになったら、人間のように、エアコンの効いた部屋とか照明がつく部屋など、快適な環境を適宜カスタマイズして生きることができるような気がしたんです。自然環境に生きる苔なら今のまま動かない根のままでいいのかもしれないですが、人と一緒に暮らす苔なら動いた方が苔にとっても合理的かもしれないな、と。
またそれを人の視点で見たときに「今日の苔は部屋の隅にいるけど、湿気が関係してるのかな?陽が差し込むのかな?」といった気づきを得たりできる可能もあります。苔に移動能力を持たせることによって、人と環境との関係性に変化を与えることも目指してもいます。
西村さん:なるほど、インタフェースそのものに対して、苔であることを感じてもらいたかったり、苔の世界観を伝えるという目的があるんですね。
柳原さん:苔の中には一度乾燥させて着色させてから見た目を苔のようにするものもあるのですが、それよりも本当の苔で、気づいたら結構成長してモサモサしてると気づくような、そういう世界を考えたりしていました。個人的にはジブリの世界観が好きで、自然物が動いているような感覚を日常で感じてもらいたなと。
西村さん:すごく面白いですね。人間は生物の中でもよく移動する生物だと思うんですが、そこに近づけてあげることで距離感が縮まる感覚がありそうです。それに、動くって実はとても人間らしさの表現でもあるんですね。
水分とバランスを取れる機械
西村さん:制作上は思い通りにならないことも多かったんじゃないかと思いますが、どうでしたか。
柳原さん:それは本当に大変でした。初めは渋谷にあるMTRLのオフィスで作っていて、ここの照明条件に合わせて色んな閾値を設定すると、他の場所では動き方が変わってしまうんですね。またMTRLではない場所、例えば東京有明にあるパナソニックのクリエイティブミュージアム「AkeruE」(※)での展示中はすごい速さで枯れそうになるなど、生き物を扱っている難しさは大きかったです。でもだからこそ実際に見ていただいたときの驚きも大きいのかもしれません。
※「AkeruE(アケルエ)」は、SDGsやSTEAM教育をテーマとした探求学習の実践の場です。体験を通じて、「発想・創作・学び・共有・振り返り」のサイクルをまわしながら、新学習指導要領のポイントでもある、これからの時代に必要な資質・能力を養うための施設です。
竹腰さん:最初に大変だと思ったところは苔を植える機構を考えるところでした。通常の苔の栽培だと定着させるのに3ヶ月以上掛かることもあり、インタフェースの筐体にどうやったら覆うように付けられるかというのが苦労したところです。最初は布に定着させようかとか色々考えましたが、最終的にはハニカムのようなシェル構造をロボットの表面につけてから苔を植えつけ、覆わせる方法を取っています。ただそれがベストかどうかはまだ決めかねてはいますね。水分との兼ね合いもあったり、ロボットが動くこともあって取れやすい点などが検討事項かと思います。
筐体の制作は3Dプリンターを使って、樹脂で造形しています。苔に水をあげるとロボットが元気になるというインタラクションを実装するということは、機械に水を掛けることになります。今後もしも長期的に使用するものを作るとしたら、耐久性についてはしっかり考える必要がありますね。現状では筐体の中にマイコンや光センサー、湿度センサーを入れているのですが、苔の植わった機構から内部にかけての空気穴が水の通り道にもなってしまうんです。今のところ問題は出ていませんがリスクになる可能性も認識はしています。
西村さん:なるほど、普通だと機械にお水や湿気は不要というか、気をつけるものですよね。今岡さんは、機械に水を掛けることについてはどうでしたか?
パナソニック今岡:水の掛け方や掛ける人による違いはありますよね、私は無意識ですが控えめにあげていると思います(笑)とはいえやっぱり面白いと思いました。全面が苔なのでたぶん一般の人にはあまり機械だと意識せずに水を掛けることもできるでしょうし、中がうまいこと防水されているのであれば、水をあげることで、水が苦手な機械にも生命感が出るのかもしれないと想像しました。
西村さん:通常オフィスみたいな空間では、水は大敵でもあるんですが、we+さんとの作品「Waft」も霧という水が使われていますね。あえて排除されたものを排除された場所に取り戻すというか、少しタブーな踏み込みが価値をもたらすようなこともあるのかと思いました。
あと先ほど、苔が枯れるお話もされてましたが、もう少し教えていただけますか。
柳原さん:今後は苔が持続的に成長する仕組みを考えなくてはいけない、と思っているんです。しばらくMTRLのオフィスで保管してた苔も、少しの間見ないうちに大きく成長してたことがあって、そうした実際の生物を使っているからこその面白さを活かせたらと思います。
竹腰さん:ロボットや飼育系アプリなどに多く見られていますが、使っていくうちに知能が高まっていく設計、たとえば、何かの振る舞いを覚えたり新しい芸を会得するなど、ソフトウェア的な成長の表現は技術的にけっこうできていると思います。しかしハードウェアの成長はどうしてもまだ実現しきれていない領域です。苔ロボットの場合は、枯れることも多いんですが、もうちょっと工夫して成長が確実になれば、ハードウェアが成長するような新しいタイプのロボットが実現できるんじゃないかなと思っています。
西村さん:面白いですね。以前、木の専門家に話を聞いた際に、わたしたちが使っている道具やマテリアルの中でも木は唯一、生命であり、その生命を切ったり削ったりして道具や家具を作っているんだ、と言われて、とても興味深い視点だと思ったことがあります。今回も、生命をそのまま使ったサイボーグみたいなものは作らないんだけど、元の生命のまま、周りに違う機構をつける手法が面白いですよね。生命の機械化ってちょっと不気味というか、生命に対する冒涜感がありますけど、でもそうならない感じでうまいことかわいく、見てると育てたい気持ちになるプロダクトだと思います。
柳原さん:そこは確かにすごく難しくて、理想はやはり、苔をロボットの機構に乗せてあげたからこそ、普段よりもよく成長するのが理想的だと思うんです。そこにはまだ到達できてないので引き続き検討したいところですね。おっしゃる通り、生命を使っているような感じにはしたくないですし。
西村さん:そうした考えにこそ、環世界のコンセプトが活きているんでしょうね。人間の世界観だけでなく、彼らの世界観を表現するところにちゃんと苔がいるので。
竹腰さん:一般的にロボットは何かしら人の役に立つ機能を持っているものだと思うのですが、UMOZはそれほど便利な機能を何もなく、言ってみれば飼い猫みたいな存在だと思うんです。猫は苔よりももう少し感情表現があるので誰にでも理解しやすいところがありますが。UMOZは猫みたいにただ存在してくれるロボットのようなものです。それほど大きく役に立たないかもしれない、でも癒しを与えてくれる存在ではある。猫と同じように気ままに家に居る、動く観葉植物、とも言えるかもしれません。
西村さん:それほど大きく役に立たない、というのは結構重要ですね。
柳原さん:いわゆるペットロボットは誰かが性格付けをしていて、それはそれで面白いし必要かもしれませんが、UMOZの場合、本来の苔の特性を振る舞うことも重要になります。この点については、竹腰さんや他のエンジニアたちともすごく連携が取りやすかったんです。「この苔はこういう特性だからこう動くでしょ」といった設計指針と結びつきやすくて、すごく面白かったですね。苔の環世界を念頭に置いたからこそスムーズに進んでいったのかと思います。
竹腰さん:ちなみにUMOZの初期のプロトタイプでは、移動の仕組みは車輪式のものを検討していたんです。6本足で動くとちょっと虫みたいで気持ち悪いんじゃないか、と手伝ってくれてたソフトウェアエンジニアに言われて、私自身もそう思いました。でも実際に作ってみたらちょっとかわいいな、と。動きも虫に見えずヨチヨチと歩くようにデザインしたのもあるんですけど。
西村さん:なぜ車輪はやめて足にしたんですか?
柳原さん:そこはシンプルなんですが、UMOZは気付いたらそこにいた、みたいな動き方を求めていたので、車両っぽい感じはちょっと違う気がしました。やっぱりそこには生物的な感じを残したいというか。
植物が動くようなロボット自体は他にも前例はあるし、研究も進んでいるんですね。でもUMOZの場合はたぶん1体だけではなく複数いること、それらが違う動き方をすることによって初めて苔の環世界や、苔が捉えている世界観をより伝わりやすくできるため、そこがオリジナリティだと思っています。
バズって見えた素直な感想
西村さん:やはり環世界は大きなキーワードでしたね。Aug Labの中からだと珍しいというか、「あまり役に立たない」ところから始まって対角線から近付いて来た感覚が面白いですね。これぞ共同研究の意味を表していると思います。テクノロジーだけでの面でいえばパナソニックのチームでも作れてしまうかもしれないわけですが、環世界から考えようという発想やプロセスは皆さんと一緒だからこそではないでしょうか。
パナソニック今岡:そうなんですよ、なかなかその発想は出てこなかったと思います。ロボット開発をしているとレーザーセンサーなどはよく使うものの、実際のロボットの動きを見ると何を見てセンシングしてるんだろう?と考えてしまうような、ロボットに生命感を感じる発想は今までもありました。でも今回は生物側、特に植物からの発想で、それもその植物を理解して、らしさを表現するという発想はなかなかできなかったと思いました。
西村さん:ロボット作ってる人はちゃんとロボットを作りたいでしょうから、むしろしない発想かもしれませんね。UMOZはロボット的な正解を求めていないロボットですもんね。
竹腰さん:UMOZについて、TwitterなどSNS上には当初、新規性がないといったコメントがついたこともあったのですが、私たちがやりたかったのは新しいロボット作りではなく、「苔が動く」ことをよりビビットに実現することで、結果的にこの機構のロボットが一番だったということです。今後もしも製品化することになったら違う素材や他の形になる可能性も踏まえて、より良いUMOZになればいいと思っています。ただ実際Twitterにも、それほど批判的な声は少なくて、むしろ「欲しい」などの前向きな声も多くてありがたかったですね。
柳原さん:個人的にすごく嬉しかったのは、UMOZを見た人が想像を膨らませてくれたことです。「もしもこのロボットが森にいたらどう感じるのだろうか」とか。
竹腰さん:「人類が滅亡したあとの瓦礫の中から出てきたら」とかもありましたね。
柳原さん:少なくともそうした人たちには私たちが考えた世界観みたいなものが伝わって、さらに発展させてもらえたことは嬉しかったですね。
ユーザーに届く苔の将来
西村さん:今回のプロダクトを作ってみたからこそ見えている、次のテーマとか、あり方などはありますか?
柳原さん:2つほどあるんですが、まずひとつは、せっかくプロトタイプまで作ったので、引き続きUMOZとMOSS Interfaceを実際のユーザーに届けるためにはどういう風に修正などをする必要があるのか、ぜひAug Labのみなさんとディスカッションしていきたいです。
もうひとつは、環世界インタフェースを作ったことでその概念を検証したい、ということですね。例えば、環世界インタフェースという考え方をパナソニックさんの家電製品と結びつけるとしたらどんな発想になるのか。生活空間と結びつくとどんな形になるのか、など。そうした展開が議論できると面白いと思っています。
西村さん:面白いですね。現状とは全然違う洗濯機ができたり、炊飯器の気持ちを知れたり。竹腰さんはいかがですか?
竹腰さん:私はもう少し細かな技術的で気になってるところがあって、それはセンシングなんですね。今回は苔の知覚を一般的な市販の湿度センサーや光センサーによって再現していて、今回はそれがベストだったと思うんですが、もしも厳密に環世界を再現することになったら話が違ってくると思います。苔の生態のセンシングというか、光合成で起きる変化や、水分で変わる体積など、そうしたセンシングができるともっとリアリティがあって、さらにインタラクションの幅も広がるんじゃないかと思うので、できたら深めていきたいですね。
柳原さん:それはありますね。疑似的なセンシングではなくて、コケそのものをセンシングして、その結果がマイコンなどを通してアクチュエーターに反映される。これができると確かに良いですよね。MTRLとしてもぜひ追求してみたい領域です。同じスナゴケでも違う動きをするのかもしれない、といった個体差や種類さがわかるとさらに違うやり方が出てくるかもしれないですね。
竹腰さん:今回のプロジェクトはコンセプトを表現する第1フェーズなので良いんですが、続きがあるとしたら、もっと精度を上げる試みをしたいですよね。環世界をテクノロジーでどう解析して表現するか、それをどこまでやったら良いのか、という点でももう少し考えたいところではあります。
西村さん:Aug Labとの共同研究を通して、その価値とか今後の期待などはありますか。
柳原さん:まずはやはりパナソニックさんとの共同研究ということが、私たちMTRLとしても大きくて、ちゃんとパナソニックとして出すに値するものをどうやって作るか、意識したことですね。プロジェクトとして成立させるために、Aug Labでのディスカッションを重ねられたこともすごく良かったです。特に、アウトプットとしての苔は面白くてある種ポップなものに仕上がりましたが、コンセプトであった環世界インタフェースについてはどうだろうか、というディスカッションもできました。
振り返ってみると、最初にパナソニック安藤さんにこの提案をした時も、面白いと言っていただいてすごくありがたかったです。どう良くしていくかを一緒に考えていただけたと感じました。それはやはり、共同研究を行ってきた中でものすごいメリットでしたね。
今後は是非、パナソニックのエンジニアの方やマテリアルの知識がある方など、そういう方々にもお話を伺いつつ、どうやったら次のレベルまで高められるか、というディスカッションさせてもらえたら嬉しいです。
竹腰さん:そうですね、Aug Labは技術重視というよりも、心の拡張や感性の拡張を許してくれるプロジェクトであること、これは他にはないと思います。最初に柳原さんが「苔の環世界にします」って言い出した時は、正直「マジか、本当にそれでいいの?」と思ったところもあるんですが、突飛なアイディアも応援してくださったのは本当にありがたかったです。
西村さん:今岡さんはいかがですか。
パナソニック今岡:今回、環世界から入ったことがやっぱり良かったと思いました。基点として、このAug Labがどういうところに向き合っていくべきかが見えてきたような気がします。環世界を見える化することによってより人の方に近づいてくれてる、そうした関係性みたいなところを深めていくきっかけになりました。これが今後、持続的なWell-beingの形として、持続的な感情につながっていくように実感もしています。こうしたプロトタイプを作っていただき感謝していますし、これからも何か一緒にやっていけたらうれしいです。
今日のお話も、苔への愛情をすごく感じることができました。終始、苔の話をされてるときの笑顔がとても良いなと思いながら聞いてました。そうした愛情と理解が、プロダクトを見ていただく方に「知ってもらいたい」という気持ちに変わるんだろうと思いましたし、それはなかなか誰にでもできることじゃないですよね。取り組みとしては難しいことでもあると思うのですが、Aug Labとしてもこうした、思いが伝播するようなことをたくさんできたら良いなと思っています。今日はありがとうございました。
西村さん:すごく面白かったですね。Aug Labの人たちにとっても、学ぶところが多かったように思いました。ありがとうございました。
*
本記事で紹介しています「UMOZ」「MOSS Interface」は下記URLでも紹介しております。
UMOZ
MOSS Interface
また、プロジェクト開始時の記事は下記URLで紹介しております。
便利さだけではない内面的な充足につながる「環世界」へのインターフェースを