思わず手足が動き出す。we+による呼応する霧「Waft」が引き出した、人類が忘れかけている価値観

「Aug Lab」共創パートナーインタビュー
思わず手足が動き出す。we+による呼応する霧「Waft」が引き出した、人類が忘れかけている価値観 思わず手足が動き出す。we+による呼応する霧「Waft」が引き出した、人類が忘れかけている価値観

ロボティクス技術を人々のWell-beingに活かすべく展開するAug labで、また新しく普遍的な概念が表現された。パナソニックとの共同開発により、自然現象である「霧」を作り出して魅せたのは、デザインスタジオのwe+。デザイナーの林登志也さんと安藤北斗さんによって2013年に設立されたコンテンポラリーデザインスタジオだ。

Waft (ワフト)と名付けられた霧のインスタレーションは、パナソニックセンター東京のクリエイティブミュージアム「AkeruE」にて展示され、訪れる人たちの心を等しく潤した。国籍や性別、言語や住む場所といった小さくも確実な隔たりを超え、全人類に共通した根源的な価値観でもある自然現象に着目したのは、一体何を伝えるためだったのか。AkeruEでの展示を終えたwe+の林さん、安藤さん、関口愛理さんのお三人に、制作に至る思いや原点など、創造の根底にあるものについて尋ねた。

インタビュー:西村勇哉(NPO法人ミラツク代表)

インタビュー風景

(左から安藤さん、林さん、関口さん)

水と人との深いつながり

西村さん:Waft、とても面白いですね。展示を見に来た色んな世代の人たちも惹きつけられていたようですが、改めてWaftについて教えていただけますか。

we+安藤さん:Waftとは「漂う」とか「ふわふわと動く」という意味の英語ですが、この作品では、水という人間にとって身近な存在を改めて感じてもらうことを目的にしています。

人間はずっと昔から自然と共に暮らしてきた生き物です。豊かな自然に恵まれている日本では、水や雨にまつわる言葉が1000種類以上もあるそうで、そのように繊細な感性をもって自然を描写してきたことも表現したいと思いました。

自然の微細な動きと呼応するわたしたちの感情の動き。人と自然とのつながりは、本来みんなが持っている感覚であり、これを見た方々がそうしたつながりの感覚を取り戻すきっかけになればいいな、と思っています。

というのも、どうしても都市環境での生活が続くと、自然に対して無自覚になってしまうものです。わたしたちのスタジオも都内にあるのですが、都市生活によって自然の存在感が薄れたり、本来もっていた感覚が無意識下に隠れてしまったりする気がしていました。Waftの体験はそうした感覚を引き戻すきっかけとなり、未来をよりよく生きるWell-beingに活かせると思います。

これからのWell-beingは、自然との共生が大きな要素になると思うんです。人も社会も環境も、全てのものが等しく同じ階層の中で生きている。その気づきから始まることは大いにあります。自分も自然環境も同じレイヤーの中で共生するためには「共感」という感性が欠かせません。共感がなかったら共生は難しいからです。

そこでWaftでは人間に欠かせない水を対象として、水を知り、水と親しくなることで、Well-beingにつなげることを考えました。「自然」という言葉は広い意味をもつので、わたしたちはその中から「水」を起点にすることを選択したんです。

不確実な素材を不確実なままで

西村さん:we+の皆さんは確かこれまでもCuddle(カドル)やMOMENTum(モメンタム)といった、水や自然物に関係する作品を作っていますが、水が人間の身近であり必須の存在であることの他に何か、これまでの作品との違いなどはあったのでしょうか。

we+林さん:では、それについては私からお伝えしますね。わたしたちは数年前から、CuddleやMOMENTum、あとはSwirl(スワール)という水流の動きを可視化する作品などを通して、水の魅力、水の体感というものをどうしたら感情と結びつけられるかを考えてきました。水はwe+が着目しているテーマの一つです。

実は過去にも霧の作品にトライしたことがありましたが、そのときは技術的なハードルや自分たちが知らなかったことも多く、扱いが難しいままになっていたんです。しかし今回、自然との共生をテーマに据え、自然とは何なのか?と改めて考えると、生きるために欠かせない水は、避けては通れない存在だと感じました。
そこで、凍らせてみたり、流してみたり、くっつけてみたり、さまざまな実験を繰り返し、霧は扱いが難しいけれど、同時に、非常に様々な表情を見せてくれることが分かったんです。周囲の環境のちょっとした変化で大きく動き出しますし、水の状態の中でも繊細さが際立っているのが霧だと思いました。自然の繊細な表情こそ見逃してしまいがちだと思うので、今回のモチーフとして進めることにしたんです。

西村さん:なるほど、すごく面白いですね。一方で、水の特性として管理的な難しさもあると思いました。放っておくと蒸発するし、たくさんあればいいわけでもないし、濡れたら拭く必要もあるのでオフィスのような環境では使いにくさもありますよね。

we+関口さん:そうですね、これまでの作品でも水を扱ってきたものの、難しさは相変わらずで、今回も結構苦労しました。AkeruEの展示では、初めの段階は毎日メンテナンスにお伺いし、落ち着いてからも週に1回はメンテナンスしているような感じでしたね。

水槽に溜めた水から霧を発生させる装置を使っているのですが、霧のボリュームや状態のコントロールは特に難しかったです。室内の温度や湿度、空気の流れによっても霧のコンディションが全然変わってしまいます。また毎日どのくらいの割合で水槽から蒸発するのか、水位の減り方を読むといった調整も苦労しましたね。

あとは物質の特性上、装置内で使用している水道水を一週間ほど稼働させると、藻の様な汚れや濁りが出てきてしまいました。水の汚濁は衛生面だけでなく、霧の生成にも悪影響を与えるので、1週間に1回以上は水槽の水を入れ替えて掃除を行いました。展示の前にプロトタイプで1年間ほど検証していますが、実際の展示空間の環境や、毎日稼働させることで初めてわかることもたくさんありました。展示の会期と並行させながら良策を追加させていく対応が取れてよかったです。

インタビュー風景

(Waftの制作中。ガラスに照らされた水滴が美しい)

西村さん:そういう裏側の苦労は、普通の人がWaftを見ただけではなかなか感じ取れなそうだと思いました。一見とてもシンプルにも見えますし、霧が出てることは認識できてもその難易度は想像できないというか。もしよかったら、見た目では分からないけど裏ではとても大変だった点が何かも教えてもらえますか。

we+関口さん:いろいろありますが、ひとつは霧を発生させる装置を長時間稼働させていると温かくなってしまうことです。それによってタンクの水が加温されすぎると、装置が壊れかねません。でもこのことは展示が始まってから分かったことです。対策として今回は、霧の発生装置を交代で稼働させるシステムをつくりました。それと合わせて、水温を下げるために水を入れ替えるポンプを使って、温まった水は冷却してからタンクに戻す、という対策も行いました。

we+安藤さん:そうしたトライアンドエラーをここ1年間くらいずっと続けてきたんですが、やはり水という対象物は不確実性が高いものです。いざ現場で不具合が起こると、だんだん水に対してイライラしてくるんですよ。でも、霧の調子が良い時は褒めたくなります。水に対して感情が入ってくるというか、擬人化されていくような、不思議な効果があると感じていました。展示をご覧いただいた方の中にもきっと、霧の動きや震え方などに繊細さや可愛らしさを感じた方もいたんじゃないでしょうか。それこそが感じてもらいたい共感の一つです。

西村さん:裏では皆さんが、「いい霧、出してね」とベストな状態にしてあげていた、というわけですね。

we+安藤さん:そうですね。すぐに裏切られることもあって正直イライラするんですけど(笑)。でも霧は本来、朝や夕方の限定的な時間帯に、それも環境条件が整ったときに出るものです。そうした不確実なものを不確実な状態のまま留めること自体、技術的なハードルは非常に高く、だからこそ見た人が面白がってくれるんだと思います。

インタビュー風景

(Waftの霧。不確実性は幻想的)

西村さん:Waftは霧自体に触れるのではなく、見てもらうことにフォーカスした作品ですが、見てもらうための表現や演出などはどのように考えられたのでしょうか。

we+林さん:例えば、山に登って雲海を見た時の感動や、山や森に行って霧に包まれたときのような、多くの人が体験したことがあるであろう感情をイメージしました。いろいろ実験をした中で、体験の延長を日常にもってくることで新しい感覚を呼び起こせるのではないかという仮説のもと、今回は、見てもらうことに特化したんです。

最初は、動きをコントロールする手法として風を送り込むことも考えていました。そうすることで雲海や朝霧にはない表情が見せられると考えたからです。しかし霧は、小さなアクションに対するリアクションが非常に大きく、仮に水が1動くとしたら霧は100くらいの動きになります。人が前に立っているだけで動き出すため、コントロールしようとすると霧が動き過ぎてしまうことがわかりました。先ほど霧に対して感情移入できる話になりましたが、こうした動きもその理由のひとつかと思います。

自然界における霧が、ずっと同じ状態のままということはありえません。その分、いつ見に行っても違う表情を見せてくれるし、見ている人がどう動くかで、常に違う動きをすることを感じてもらえます。

西村さん:面白いですね。思い通りにならないことが、生命感を感じさせたり、こちらが擬人化したり、いろいろな表情を感じ取れるんですね。

we+林さん:そうですね、わたしたちも展示をしながら気付いたことなんですけど、言うこと聞かないとイライラしていること自体が、結果として共感になってるんですよね。

we+安藤さん:おれらが一番共感しちゃったよね(笑)。

インタビュー風景

広がる、実装する霧の在り方

西村さん:Waftの前で動くと反応として動きが出てくるわけですが、今後実際に実装されるところでは、どんな感じで楽しんでもらえることを想定していますか?

we+関口さん:展示品ではプロトタイプに比べて1.5倍の横幅となり、横長であることを活かして、人がたくさん前を通ることを想像しました。例えば、廊下や公共空間の連結通路とか、長い空間にWaftが広がっている景色は壮観ですし、動きを活かせると思っています。

西村さん:確かに。空港とかも良さそうですね。

we+安藤さん:そうですね、距離のあるアプローチはもちろんですし、逆に、もう少し小さなスケールにして家の中に入れる可能性もあると思っています。暖炉の火を見ていると落ち着くように、霧を見ていると落ち着く可能性もあるんじゃないかな、と。

サイズについてはまだまだブラッシュアップはしていくつもりなので、パブリックスペースに対してはもちろんですが、ある程度プライベートなスペースに対しても、きちんとコミットできるプロダクトになり得ると考えています。まだまだいろんな可能性が探れそうですね。

西村さん:どちらも良いですね。こちらの動きに反応があるので、見てると動きたくというか、普段あまりしない動きをしたくなるような影響力が面白い効果だと思います。

we+安藤さん:Waftは感情の変化だけではなく、具体的な行動も呼び起こしています。展示中、アクリルのフロントパネルに小さな手形がたくさん付いていたことがあって、Waftを見た子どもが楽しくなった痕跡だと思ったら、ひとつの成功例の形を見た気がしました。動き出さずにはいられないほど楽しかったわけですよね。 目の前で動いているものを見て、自分も何か動きたくなるのは根源的なものか、あるいは原体験みたいなものなのか。最初はあまり意識してなかったんですが、今は何かのトリガーとなり得る装置のようにも思っています。

西村さん:しかも霧だからとても静かな装置ですよね。一般的に、相手を動かそうとするときは何か刺激的なものをプラスすると思うんです。時代もあるかもしれませんが、ゲームなどのように大きく刺激することで相手に行動を起こそうとする、もしかしたらその感覚にも麻痺したところがあるかもしれません。でもWaftは逆で、霧のように静かな存在が、人の行動や動きを誘発するのはすごく面白いですね。

we+安藤さん:わたしたち人間には、静的なものに対してもちゃんとアクションする本能が備わっているんだと思います。例えば線香の煙を見ると、少し手を揺らしてみたりしますね。そうした微細な動きに対する行動にも注目していきたいですね。

西村さん:面白いですね。自分の動き次第で霧の動きが変わるから、霧の動きのパターンを繰り返し見尽くすのではなくて、ずっと遊べる可能性がある。
このAug Labの共同研究では皆さんの考え方がそれぞれで違って、少し前には、壁に生命らしい動きをセンサリングさせることで見る人の感情を動かすようなものがあったのですが、Waftはその逆ともいえる。でもどちらも美しさが際立っています。

we+林さん:他の作品と似ているところもあるとは思いますが、私たちの一番の立脚点は「あらゆるものを人間が過度にコントロールし過ぎではないか」という違和感です。例えば今の時代、仮に何も考えなくても全てリコメンドされて、あたかも自分が前から欲しかった気になって、ものを買ってしまった経験は誰もが持っていると思いますが、もう少しコントロールされ過ぎた状態から脱却しても良いのではないかと思うんです。 わたしたちを取り囲む自然環境自体、常に変化し続けているものであり、それを日常の中でもっと感じられたら、無意識下に隠れてしまった感覚も少しずつ主体性を持ち始めると思います。

インタビュー風景

(Waft実装イメージ。(スケッチ:we+安藤さん))

自然との距離感を変える日常に

西村さん:今回この作品をつくったからこそ感じたことや、作ってみたら当初の想定と違ったと感じた点はありますか?

we+関口さん:当初は、水とのふれあいや共感を想定していたんですが、霧に注目し始めたら、気流の動きが可視化されることに気づきました。見ている人の動きや環境の変化によって動くため、空間全体の動きとインタラクトしています。それを感じたのは作り始めてからですね。

we+安藤さん:作ってみたら、想像していた以上に自分の気持ちが作品に入っていくと感じました。少し抽象的になりますが、わたし自身、水との距離感であったり、ミストや空気との距離感は、思ってたよりもかなり無意識の底の方に埋まっていたんですね。その気づきがあり、できあがった作品を見たときは動きがとても鮮やかに感じられました。もしかしたら大自然の中で暮らしている方には全く違う印象になるのかもしれませんが。

we+林さん:確かに、本当に自然に近いところで暮らしている人がどう感じられるかは気になるところではありますね。

西村さん:大自然の中で、さらに、あまり忙しくし過ぎないことを意識的にしている人たちがどう感じるのか、興味ありますね。そういう方たちが、自分たちならこういう使い方をする、とか、こうすると面白いなど、何かプラスの話になる気がするので、いつか持って行ってみたいです。
今岡さんから何か、Aub Labとしての気づきや発見など、いかがですか?

今岡:まずは個人的な感想ですが、はじめの設営時、LEDの熱によってミストが片方に偏っていたんですね。熱で周りの空気の流れが変わったためだったのですが、そういう話を聞いて、エンジニアとしては自然の原理を知りたくなりました。

パナソニックとしては、水というと、創業者が掲げた「水道哲学」の話があります。水道哲学とは、水道水のように誰でも手に取れるものになるよう大量の生産と供給することで物資の価格を下げようとした価値観のことです。パナソニックは長年そうして当たり前の存在となるまで物をお届け出来るように目指していましたが、今、物が溢れる世界になってもう一度振り返ると、当たり前であった水のことを、私たちは本当に理解しきれていたのか、当たり前すぎて気付けてなかったことがあるのでは、と気づくわけです。 これからは量よりもさらに質に目を向けて、まだ知らないことに気づきながら、新しく提案できる価値を目指す。そうしたパナソニックとしての価値観と重なったと思います。

インタビュー風景

(Waft実装イメージ。(スケッチ:we+安藤さん))

西村さん:今回はAug Labとの共同研究でしたが、そのことで何か良かったことなどありましたか。

we+関口さん:はじめに、霧を発生させるにはどうしたらいいんだろうと考えたとき、装置の種類など技術的なことについて、パナソニックの技術の方にお話を聞けたのはとっても良かったです。パナソニックさんは以前から屋外ミストの装置を作ってるので、専門知識がある方がいるんです。ミストの種類のことや、ドライミストだと粒が大きいとか、超音波の方が細かいからきめ細やかなミストが出る、といったお話を教えてもらえてすごく参考になりました。

西村さん:なるほど、関連する商品を作ってるからこその知見が扱えたんですね。

もう1つ最後に、技術的なコラボレーションを体験したことで、次のチャレンジは何か構想がありますか?

we+安藤さん:やはりパナソニックさんなので、日常で使用される家電のフレームを考えなくちゃならないと思っています。例えば、家電をどう進化させたら、家電から新しい視点が見つけられるか、といったことです。Waftの原理、現象はわたしたちが作りましたが、今度パナソニックさんの技術力を掛け合わせて実装実験を重ねることで、かなりクオリティの高い製品に仕上がるんじゃないかな、と思っています。

we+林さん:水の制御が難しいことはお伝えしましたが、そういったところでパナソニックさんの知見に支えてもらえると思います。大変なメンテナンスをせずとも水がきれいな状態で保てるとすごく良いですよね。

西村さん:水質浄化のテクノロジーが小型化して使えたら面白い、とかそういうのあるかもしれないですね。

we+林さん:そういう技術はパナソニックさんがいろいろお持ちだと思うので是非。さらにブラッシュアップできると良いと思います。

we+安藤さん:Aug Labのようにコンセプトモデルやリサーチプロジェクトの意義は新しい視点を提示することだと思うんですが、社会にどう実装していくかも同じくらい重要ですよね。打ち上げ花火で終わらせず、いかに良い形で社会実装できるか、誰かの生活や気持ちに貢献できるか、と考えています。

西村さん:きっと技術的にはパナソニックさんにとっては可能で、その分ハードルは簡易化しやすいように想像しました。AkeruEを終えたあとも、世の中で活かす最適な形を見つけ出してもらえることを願ってます。本日はありがとうございました。


本記事で紹介しています「Waft」は下記URLでも紹介しております。
Waft

また、プロジェクト開始時の記事は下記URLで紹介しております。
“みんなが想像でき、共感できることが大切”