「想い」は距離を超えて届くのか。CHEERPHONEで繋がった声援がアスリートに与える影響力とは。

東京大学、パナソニック野球部、パナソニックAug Labによる共同研究
「想い」は距離を超えて届くのか。CHEERPHONEで繋がった声援がアスリートに与える影響力とは。 「想い」は距離を超えて届くのか。CHEERPHONEで繋がった声援がアスリートに与える影響力とは。

テクノロジーを人のために活かし、Well-beingに寄与する技術として、人を主体としたロボティクス技術の在り方に取り組んでいるパナソニックの「Aug Lab」。大切な人や応援している人に向けた「想い」や「声」を拡張するものとして、事業開発室の持田 登尚雄/木村 文香氏らはIoTデバイスの「CHEERPHONE(チアホン)」を開発した。遠隔地から画面上で観戦するスポーツ選手に応援を届けることで”力”を送り、同時に試合会場からの臨場感を受け取ることもできる双方向の仕組みとして、幅広い活用の可能性を秘めている。

今回は、東京大学大学院総合文化研究科教授である中澤 公孝教授を迎え、CHEERPHONEを活用した2種類の実験データを元に、その実用性や近未来におけるスポーツ観戦などについて見解をお聞かせいただいた。

インタビュアー:今岡 紀章、木村 文香(パナソニック)

インタビュー風景

今岡:Aug Labでは、人の幸せをテクノロジーでサポートすべく取り組んでいます。CHEERPHONEは、アスリートの力となるため遠隔地からの「応援」を届けるツールですが、今回の実験ではもう少し科学的な側面から見ることができました。中澤先生にはぜひ、アスリートの身体能力への影響や、応援と身体能力の関係性などについてお聞かせいただければと思います。

まずは改めて、中澤先生のお取り組みの中で、今回の内容とも重なるような部分などがあればお聞かせいただけますでしょうか。

中澤さん:そうですね、私の研究室では多岐に渡る研究を行なっているのですが、簡単にご紹介させていただくと、アスリートや、身体的に何らかの障がいをもっている方などを中心として、人間の脳がもつ可塑性の調査や研究を行なっています。例えば、日々のトレーニングによって脳がどれだけ変わり得るのかを調べることなどは、現在取り組んでいる一つの大きなプロジェクトです。それと並行して、人間が自分の体の運動を操るための、根本的な脳のはたらきを調べる研究にも取り組んでいます。

また、実際のスポーツの競技場における心と体の状態の変化についても研究しています。少し「応援」とも関係することですが、会場のムードや集団の雰囲気がパフォーマンスにどう影響するかといったことに興味があり取り組んでいます。
CHEERPHONEにはすごく単純な問いとして、リモートからの応援でパフォーマンスが上がるのかどうか、あとは応援者同士の共感性に興味をもちました。

インタビュー風景

「想い」よ届け。距離を超えた一体感の可能性

今岡:今回はCHEERPHONEの応援効果として、実際に2つの実験にご一緒くださりありがとうございました。1つは離れた場所にいる応援者同士の実証として、CHEERPHONEが精神的にどのようなはたらきかけをしたのか。もう1つは、応援者の声が選手にどういう影響を与えたか、というものでした。

木村:まずは、1つめの応援者同士のリモート実証からですが、今回は東京、大阪、京都などに離れた応援者同士10名がリモート会議システムで繋がりながら、リアルタイムで一緒にサッカー日本代表戦を観戦して日本を応援をしました。この被験者チームとは別に、10名の学生グループを作成し、このチームにはお互いの声も顔も繋がらない状態で同じ試合の観戦をお願いして比較しています。
リモートでつながりながら応援している被験者の方がより一体感が生まれるのではないか、と仮説して、計測は心拍数と加速度を比較しました。試合開始15分前から接続して、前半、ハーフタイム、後半、試合終了後、という区切りの中で被験者の計測値の相関を中澤先生に観察していただきましたね。

中澤さん:この相関を見ると、リモート会議システムで繋がっている方が心拍と加速度の相関具合が明らかに高かったことがわかりますね。そもそも単純な心拍変動だけを見るとリモート会議システムで繋がっているグループも繋がっていないグループも同じ試合をみているのでさほど変動がない。要するに、試合の場面に応じてドキドキしたり落ち着いたりというダイナミクスが計測数値に反映されているということがよく分かると思います。

今岡:そうですね。リモートで繋がっているかどうかに関わらず、やはり試合の展開の影響も大きいことがわかりますね。一人ひとりの心拍変動を見ている限りではさほど違いがなかったということが言えると思います。

インタビュー風景

中澤さん:学生グループにとって共通のファクターは試合だけ、一方のリモートで繋がっているグループは、お互いの会話があったり顔が見えたりと情報が行き交う中での同期性がより高まってるのがわかります。同じようなところでドキドキしたり落ち着いたり、一致度がすごくきれいに効果が出たな、というのが私の印象です。学生グループはそれぞれ単独で見ているだけなので、他の人がどうなっているのかは知らないままの状態に対して、リモートで繋がっているグループはお互いの顔が見えたり声が聞こえたりという情報のインタラクションがあることによって、その効果がこんなにきれいに出るとは想像以上でした。

木村:加速度データを見ると、やはり試合内容で日本代表がチャンスの時、あるいはピンチの時に一体感が出ているように思います。

中澤さん:自然に拍手したり、ワーって盛り上がったり、そういう体の動きが加速度に表れるんでしょうね。日本代表が先制したとかシュートが決まりそうとか試合の動きと同列で比較すると、みんなで見ていることでより一層動きが同期しやすいという結果になりましたね。

木村:一人で見ているよりも、みんなと一緒に見ることで観戦に集中でき、より入り込めたようですね。一緒に見ている誰かがワー!っと反応すれば、思わず自分も動いてしまう、ということもあったと思います。データの相関を群間比較にしたものを見ると、リモート会議システムで繋がった人たちと繋がなかった人たち、それぞれの群間の平均の差が27.5%という結果が出ました。

中澤さん:予想していた以上の結果になりましたね。実は少し懐疑的に感じていたんです。リモート会議システムで声や音、それに会話や表情も共有されることで心拍などに影響するのはわかっていましたが、とはいっても試合自体がもっとも大きく影響するファクターなので、これほど綺麗な結果が出るとも思いませんでした。これは、大げさではなくリモート会議システムによる情報共有の効果が出たと言っていいでしょう。
群間比較の数字などが大きい小さいといったことは、あまり気にしなくてもいいと思います。それよりも明らかにリモート会議システムで繋いだ側の全体の計測値が高いですから。

今岡:今回リモート会議システムを使ったグループは、試合を見るときに音も画面も繋がっていました。今回の結果だけでは正確に言えないところはあると思うのですが、例えば声と画面とどちらが効果的だったかなど、仮説でも問題ありませんので何かありますでしょうか。

中澤さん:それはおそらく音の影響の方が大きい気はしますね。リモート会議システムだと画面で見てる表情は小さいですし、そもそも目線はテレビの試合を見てるでしょう。サッカーですから試合が盛り上がれば歓声も上がるし。もちろん一緒に見ている人がどんな表情してるかで伝わることもありますが、どちらかといえば声が影響するでしょうね。

こうした結果から言えることは色々あると思うのですが、たとえば一人よりもみんなで見る方が楽しい、という事も言えると思います。データで見るとドキドキした箇所がたくさん起きたということだけですが、人によってそれが「楽しかった」という感情に反映されるのだとしたら、これは新しいスポーツ観戦の楽しみ方になるかもしれません。
あとは将来的に、チームスポーツのムードを盛り上げるようなことに応用できる気もしました。それがチームのパフォーマンス向上に繋がったりしたら、個人的にはすごく面白いと思いますね。

木村:人の熱量や感情などもテクノロジーによってますますリアルな世界に加速していくのでしょうか?

中澤さん:そうですね、VRの進化などもありますし、コロナ禍になって野球場に自分のアバターが応援に行けるようになったりしましたよね。いつか友達のアバターが自分と一緒に見てる、みたいなこともあるかもしれません。

声援が動かす人の限界突破

木村:続いてもうひとつの実験結果について。こちらはパナソニック野球部の練習試合で、姿の見えない応援がどのようにアスリートに影響を与えるか、具体的には心拍や加速度、そして投球コントロールなどを測って検証しました。選手からは姿の見えない控え室に応援者が集まり、CHEERPHONEを使って声援を届けました。それもただ「がんばれ」等を伝えるだけではなく、普段ヒットが出た時に歌う曲や選手のための応援歌など、普段から行なっている定番の応援も届けました。

木村:投球コントロールについては、パナソニックのピッチャー5名と、相手チーム側の5名、合計10名の方を対象に計測しました。それぞれ応援ありのイニングとなしの中で、投球のばらつきがどのくらいあるかを検証しました。
その結果、パナソニックの投手の方は35%、狙ったところに対してブレずに投げられていることが分かりました。この結果はどのように考えたら良いのでしょうか?

中澤さん:試合のパフォーマンスを何で測るか、ヒットの数なのか打球の速さなのか、色々あるので、1試合の結果で明確な断言は難しいですが、それにしてもよくこの結果が出たと思います。

木村:これは、ピッチャーは投球コントロールに精神面の影響を受けやすい、と思って良い結果なのでしょうか?

中澤さん:そうですね、それは言えることです。我々も以前から調べてきていたり、論文もありますが、これもまた同じことが反映されたと思います。以前私たちはピッチャーのばらつきは投球フォームの安定と関係していることを調べたことがあります。もしも今後この同じ測定を行う際、事前にピッチャーの安定性などについても調べておいた上で測定できるなら、試合中のばらつき方と「応援の影響」が立証できると思います。そうなると将来的には、応援によって投球のばらつきが小さくなるようにできる可能性もありますよね。

インタビュー風景

木村:逆に、相手チーム側はCHEERPHONEの応援があることによってブレてしまった、という結果についてはいかがでしょうか?

中澤さん:そうですね、相手側のピッチャーにしてみたら、向こうの応援の音や歌に気を取られたり耳障りに感じたのかもしれません。

当初この実験では、応援が選手のパフォーマンスに与える効果を見たかったわけですよね。バッティングなどは計測するのが難しく、ピッチングもボールスピードなどでは効果が見えるほど出なかった。けれどもこの、精神面の影響を受けやすいコントロールという点については明らかな差が出た、というのがまとめになるのかな、と思います。

今岡:先生の以前の研究でも精神的な影響のお話がありましたが、それはやはりスピードなどよりもコントロールに着目されていたんですか?

中澤さん:そうです。まだまとめきれていませんが、やはりメンタルが顕著に出るのは投球の精度でしょう。理論的にもそう言えると思います。ただ、今回の結果はこの時だけかもしれないですし、個人差もあるはずなのでたくさんデータを取る必要はあります。実験を重ねていったらコントロール以外のことも出てくるかもしれませんし、ホームゲームかどうか、あるいは応援の音量などによっても違った結果が出る可能性はあります。

木村:今回は「応援によって制球力が上がった」という風に見るのが良いのか、あるいは、「相手のピッチャーの制球力にネガティブにはたらいた」と見るのがいいのか、どちらでしょうか?

中澤さん:この結果だけでいえば、「味方には制球が良くなり相手側には逆にはたらく」、つまり両方が出たということでしょうね。今回はパナソニック側にだけ応援がいたので、両チーム共に応援がいた場合も見た方がいいです。

応援が作る場のムードにテクノロジーの可能性

今岡:今回の結果、先生はどうご覧になりますか?

中澤さん:個人的には想定外に面白い結果だと思いました。特に野球観戦実証の方はきれいに結果も出て、かなり信頼性の高い結果が出たことは大変興味深く、嬉しかったですね。リモート応援実証の方も、限界がある中でよくここまで出せたな、と思います。私たちの実験でもいつも8割方は結果が出なくて、それでも諦めずに繰り返してやっと結果が出たりするものです。よく大学院生にも、1回やって結果が出ないと諦めそうになっているので「そんなの当たり前だから」と伝えています。そのせいか、思いがけない結果が出る時が一番興奮するんですよ、今回はそれに近かったですね。

今岡:もう1点、こうした連動することの相関について、人は脳の観点でも感じ取るものなのでしょうか?例えば感じ取るとしたら、感情のようなものも生まれるのか、と考えたのですが、どうでしょうか?

中澤さん:潜在的にあると思います。意識はしていない無意識下で。今回でいえば、他の人とリモート会議システムやCHEERPHONEなどで繋がり、応援の声や表情といった情報が入ってくることで、脳の感情面や情動面に影響したことは、心拍の動きを見てわかりました。心拍変動というのは、情動面の活動を自律神経を介して変えるものなので、そこが影響を受けたことは間違いありません。

今岡:なるほど。周りの色んなものから、脳を通じて影響を受けているわけですね。中澤先生は今後も、スポーツにおける応援は研究テーマとされているんでしょうか?

中澤さん:応援と、共感性やムードについてですね。特にチームスポーツにおいては、そこが醍醐味だと思っています。他人とその場の雰囲気を共有することでパフォーマンスにとても大きく影響するんです。特に子どものスポーツを見てると顕著に結果に表れていて、すごいですよ。スポーツは色んな側面がありますが、そうした周りとの共感性は本当に大好きなところです。経験値的にはみんなわかってることだと思うんですよ、バスケットボールなどでも、ものすごくその場が盛り上がってくるとスリーポイントシュートがどんどん入るようなことも起きる。そこに応援がどういう効果をもたらしているのかはとても興味深いですよ。科学的なアプローチをしていいのか、ちょっとだけジレンマもあるんですが、でもずっと自分の中でやってみたいと思っていることです。

今岡:最後に、今回のことだけでなく、何かパナソニックに期待するようなことなどあればお聞かせいただけますか。

中澤さん:パナソニックさんはもうすでに色んな取り組みをされていますが、今後ぜひ、CHEERPHONEに限らず、応援そのものの実証が出来たら嬉しいですね。何か他ではやってないような面白い切り口でできたら嬉しいです。こうして生活様式が変わる中、テクノロジーで人と人の繋がりをもっと深めてほしいです。

今岡:今後も、テクノロジーでどのように人と人との繋がりを深める支援が出来るかを考えていきたいと思います。ありがとうございました。

*本記事内の実験の一部は下記URLでも紹介しております。
応援によってアスリートのパフォーマンスは向上するのか