「大切なのは“主観的”であること。テクノロジーの力でWell-beingの向上は実現できる」

(「Aug Lab」特別対談・前編)
「大切なのは“主観的”であること。テクノロジーの力でWell-beingの向上は実現できる」 「大切なのは“主観的”であること。テクノロジーの力でWell-beingの向上は実現できる」

語り手(右):太田直樹 氏(株式会社New Stories 代表)聞き手(左):安藤健 氏「Aug Lab」リーダー (パナソニック株式会社マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 課長)

パナソニックでは、これまで培ってきたロボティクス技術を従来の活用法である自動化・高度化だけを目的とせず、新たな取り組み領域として人そのものの能力を高めるための「Augmentation(自己拡張)」にも活用する「Aug Lab」の取組みを始めている。今回は「Aug Lab」を立ち上げたLabリーダーの安藤と、挑戦する地方都市を「生きたラボ」として、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスを越境し、未来をプロトタイピングすることを企画・経営する株式会社New Stories代表の太田氏に、「Augmentation(自己拡張)」を通じてWell-being向上を目指す活動について伺った。

安藤:太田さんがなぜ、Well-beingに関わるようになったのか、これまでの活動概要をご紹介ください。

太田:ボストンコンサルティングで18年間、テレコム・メディア・テクノロジー分野のコンサルティングに携わり、2015年1月から17年8月まで、総務大臣補佐官として、地方創生とICT/IoTの政策立案・実行に関わってきました。
その後、現在の株式会社New Storiesを立ち上げ、デジタル戦略についてのコンサルティングや新事業のフィールドにおけるプロトタイピング、デジタル戦略における規制対応、そして、イノベーション人材の育成などを行っています。

対談風景

データ活用というのはすごく役立つものではあるけれど、それを使って企業や国が何かを作る際に、開発プロセスの中に社会や生活者が関わっていなければ、とてもつまらないものになってしまう。データやアルゴリズムなどといったテクノロジーを活用しながら社会や生活者のWell-being向上をどう実装していくのかすごく興味がありました。

安藤:なるほど。データやアルゴリズムは、効率化のために使うことが多いので、Well-beingとは対極にある存在ですよね。

太田:プロトタイピングをして、いろいろ分かってきたのは、自分や自分の周りが関係する“主観的”なWell-beingが大事だということです。Well-beingはデータとして測定可能なものもありますが、第三者が測定して「あなたのよい状態はこれですよ」というのをやりすぎてしまうとユーザーにとっては大きなお世話になったり、ディストピアのように感じることもありますからね。

安藤:人に気付かれずにデータを活用した社会システムがいつのまにか生活の中心になってしまうと、本当の意味での豊かさとは遠くなる気がします。本当の意味で「豊かになる」ためには、人や社会とデータはどう共存すべきだと思われますか?

太田:さまざまな企業に関わる中で感じたことは、データの獲得と利用にはすごくお金がかかるので、せっかく取ったデータはあまりオープンにしたくないという本音ですね。私はオープンにした方がその先が面白いと考えているのですが、企業からするとそこまでの先見性はなかなか見いだせない。また、データをオープンにすることで、消費者からいろいろ言われるのではないか、という懸念もあり、今は制約をかけることばかりに行きがちな傾向が、特に日本では強いですね。

安藤:どこまでデータをオープンにするという問題も出てきますよね。

太田:確かにそうです。積極的にデータを使いたいときと、そうでないときと、いいバランスで実装できるものが理想かなと思っています。

安藤:データは個人のもの。個人の情報だけど、みんなのものにもなるという考えに近い感じですか?

対談風景

太田:そうですね。「みんなのもの」という観点で、ひとつの面白い例としてバックグラウンドやライフスタイルも異なる多世代の人が集まり家族という形で一緒に生活をする拡張家族というものがあります。社交的ではない自分にとっては向いていないのでトライはしませんでしたが(笑)。ここではスキルや収入や子育てなどもシェアしながら暮らしていきます。このようなシェアも含めて境界線を越えることがひとつのキーワードになって行くと思います。プライベートとパブリック、ネガティブとポジティブ、私と外、こういった境界線のラインが曖昧になることに価値が生まれると考えています。

安藤:わたしと私たちという観点での境界線ということですね。では、私の中に存在している身体と意識の関係性についてはどう思われますか?

太田:意識について、意外と人間は知らないことが多いということがわかっています。人間の知能と同じようなものを作れるようになり、自動運転が可能になります。でも、自動運転とタクシーの運転には意識という違いがあります。身体というインプット、言い換えると知覚があることで意識が立ち現れる、身体と意識の関係はそういうものだと思っています。意識は身体がなくても成立するという理論もあるけれど、身体の重要性がすごく見直されると思うし、ユクスキュルの環世界などの研究は極めて大事だと個人的には感じています。

安藤:なるほど。身体性、意識などの観点では、禅やマインドフルネスなども注目されていますよね。同じように最近、いろいろなところで幸福学などが注目されている気がしますがいかがでしょうか?

太田:テクノロジーが未来を作るという方程式があまり支持されない中で、心やその幸福に向き合うことが、リーダー層の中で大きくなっていると思います。

対談風景

ただし、そんなリーダー層から出てくる課題意識の中だけで考えたWell-beingが、社会全体の話にまで広がるとは思えない。意識高い系だけの活動ではなく社会全体のWell-beingに意識を持っていくことが大事だと思います。

安藤:幸福を広めることに対して反対する人はいませんからね。でも、本当にそれが全ての人に必要になっているかということをしっかり考えないといけないぞ、ということでしょうか?決してトップダウンだけで進めるのではなく、1人1人がしっかりと当事者意識を持ちながら取組みに落とし込んでいく必要がありますよね。

太田:私は当事者意識がとても大事になってくると思っています。この当事者意識が高い中で生まれてくるテクノロジーは大事です。それがない中で、専門家や有識者が「これで良いだろう、よかろう」と思うものを作り、広げて行く未来を選びたくはないですね。当事者意識がある中で「何か作ろう!」となったときには、未来の暮らしを変えるようなすごくポテンシャルのあるものが生まれます。それは、私が会津(福島県)で取り組んでいる社会実験で実証済みです。これが横展開できるかどうかはまた別の話ですが、1つのケースになるという点では意味があったなと。

安藤:小さくてもひとつずつ実績を積み重ねていくことが大切ですね。私たちも早く何か社会実装が出来るように頑張っていきます。

 後編に続く