大嶋博士のつくり方
パナソニック ホールディングス株式会社 名誉技監
ESL研究所 所長
パナソニックの名誉技監、大嶋光昭博士は1974年に松下電器産業株式会社(現パナソニック)に入社以来、登録特許は1,300件、うち新規事業が4件立ち上がり、3,000億円の営業利益をもたらした。これらの「発明考案功労」により、平成16年に紫綬褒章受章、令和2年春の叙勲では旭日小綬章を受章した、日本を代表する研究者の一人だ。受章対象となったのは、大きく以下の3点。
- 高速デジタル通信技術の開発(5Gの超低遅延、4Gの高速OFDM通信技術の発明)
- 手振れ補正の基本特許技術の開発と世界初の製品化(ビデオカメラ、デジカメ)
- 著作権保護の基本特許技術の開発と事業化(任天堂Wii、ダビング10)
大嶋博士が残してきた数々の功績が生まれた背景と、日本企業は今後どのように成長すべきか、お話を伺った。
INTERVIEW
成功のカギは目利き力
大嶋博士: 技術開発がいくら上手く進んでも、出口が小さく弱いと海外企業との競争に負けます。技術開発さえすれば営業がなんとかしてくれる時代は終わりました。
1962年 無線研究所
大嶋博士: 見つけた研究テーマがモノになるか否かを短期間で判断するのがポイントです。1週間ほどで判断を下すのですが、重要なのは「目利き力」です。複数回繰り返し大きな技術成果を残した研究者や発明家は目利き力が高いというのが私の持論です。 講演会で「目利き力のある人材をどうして見つけるのか?」とよく質問されますが、「シリアルな成功体験がある人なら必ず目利き力があります」と答えています。私の場合、無線研究所で失敗と成功の体験を繰り返すうち、事業の出口を見定める目利き力が次第に高まったようです。
大嶋博士: 野球に例えるとバッターの「選球眼」に似ています。手がけようとする技術テーマは、ホームランを狙えるのか、手を出さずに見逃すべきなのか、瞬時に見定めれば、打率はぐんと上がります。逆に「目利き力が低い人ほど、よいテーマを悪いと判断する」傾向があり、このような人たちは他人のイノベーティブなテーマに対してもネガティブに反応します。 野球の場合は加齢とともに動体視力が低下するため、選球眼は悪くなります。研究者やビジネスマンは逆に加齢とともに経験知が増す結果、目利き力は高まります。ですから、成功体験が豊富で目利き力のあるベテランと、柔軟な発想と行動力のある若手との組み合わせが、イノベーション創出に有効だと思います。
世界経済の地殻変動に対応するのは、「0から1」を生み出す人材
大嶋博士: 30年前は「1を10」にするための研究に適した人材が重要でしたが、現在は「0から1」を生む研究人材が必須です。「1→10」の開発競争で戦後日本は勝ち抜いてきました。現在、この領域の勝者は中国です。「0→1」へのパラダイムシフトに遅れた日本では、「失われた30年」とよばれる長い停滞期が続きました。
大嶋博士: 世界シェア80%、年商数百億円の高収益部品事業に育った博士の第1号研究成果「振動ジャイロ」は、1950年代にアメリカで開発されたものの、技術の進歩が止まっていたものに、新たな光を当てた成果で、言わば「0.5→1」の技術です。 日本企業の停滞を打破するための企業人材戦略として、「1→10」や「10→100」人材のみならず、「0→1」を生み出す人材の割合を一定レベルまで高める方向に舵を切るべきです。それには、「0→1」の活動や人材を評価する仕組みが必須です。無から新技術を生み出す「0→1」型研究に不可欠なのは、前述のの無線研究所にあった自由闊達な組織文化です。
必要条件は、多様性、鈍感力、そして与信
大嶋博士: 専門分野が近いもの同士の知識が結合しても、大した成果は生まれません。専門分野が遠いものほど結合できた時にすごい力を発揮します。たとえば、通信機器に欠かせないMIMO※なんて、通信技術とはまったく別分野の地質探査技術とが化学反応を起こし、大きなイノベーションが起きました。合わさるものは、異質であるほどよい発想が生まれます。よい発想には異質性、多様性が一番大事です。技術部門も企画部門も、同年代の男性ばかりではダメです。生活家電なら、女性研究者の存在は絶対必要。年齢も、なるべくバラバラの人が集まったほうがよい。衝突があったとしても、お互い異質な部分を認め合い、共通の目標に向かって意見を出し合えばイノベーティブな発想が生まれるのです。
大嶋博士: 無線研究所のテーマ検討会で所長から「運動会が終わってから走っても仕方がない」と酷評されたことがあります。周りの人たちは私を心配してくれましたが、私は所長の言葉を「もっと早く終わるように頑張れ」と励まされたのだと思い、研究を続けました。
大嶋博士: 手振れ補正を発明した時、上司に反対されました。しかし30歳の時に振動ジャイロの新規テーマを起案し所長の信用を得ていたので、なんとか所長に試作機の製作費を出してもらいました。それを元手にアメリカから部品を輸入して手振れ補正の試作機を完成できたのです。
熱い想いはあるか?
大嶋博士: 新しいことをしようとすると、必ず反対意見が出ます。「人間は常に自分に理解できないことは何でも否定する」とパスカルも言っています。新しければ新しいほど、イノベーティブであればあるほど、強く反対されます。手振れ補正と同様に、5Gに採用された高速デジタル通信技術も既存のアナログ技術を担当している技術者から強く反対されました。1989年当時は、日本ではアナログ放送、アナログ通信が当たり前だったので、「正気の沙汰じゃない」と言われ、国内での学会発表が禁止されました。
大嶋博士: それでもデジタル通信の時代が来ると信じて欧州や米国の学会で発表したり、海外の研究所を訪問して、通信分野では世界トップクラスの研究者らと交流し研究活動を続けました。様々な人々に反対されましたが、「これだけ反対されるのだから誰もやっていないだろう」と気持ちを切り替え、世界初を狙うことにして次々と新しい方式を考え、特許や論文を出し続けました。 後日、特許を調査したところ、デジタル放送や、3G~5Gのデジタル通信に関して、特許出願日が一番早かったので、200件ほどの基本特許を取得できました。このおかげで、デジタル放送規格に関しては、会社の支援を得られたこともあって、特許ラインセンス料が入り、いろいろな賞もいただきました。
大嶋博士: 一方、携帯電話用のデジタル通信技術の方は抵抗が激しく、中止だけでなく、出願特許を取り下げる命令まで一時は出ていました。この時点では、これほど徹底的に排除される理由がわかりませんでした。35年経った今、技術史上における私の発明の位置づけが明らかになりました。1989年当時は未だ携帯電話は第1世代(アナログ方式)で、第2世代(デジタル方式)の携帯電話の通信方式を開発しようとしていました。一方、私が発明した方式は、第3世代の適応変調、第4世代の高速OFDM、第5世代の超遅延といった、2世代先、3世代先、4世代先に中核技術となった通信方式で、後に叙勲対象になった技術でした。 つまり、デジタル放送技術のように1世代先であれば、さほど抵抗は強くないが、将来のテーマになるほど抵抗は強まり、3世代も4世代も先の世の中を変えるような破壊的イノベーション型のテーマは、既存技術の専門家の支持を得られず排除されてしまうと理解しました。
MESSAGE
目利き力を鍛える成功体験こそが、今の若手に必要
大嶋博士: 研究やイノベーションを希求する熱意や発想の源は好奇心です。若い人ほど強い好奇心を抱き行動力があるので、何度も挑戦し成功体験と失敗体験を繰り返すことにより、「目利き力」を備えた人材に育ってもらいたいですね。彼ら、彼女らが目利き力を身につければ、明るい未来を必ず切り拓いてくれると信じています。
*所属・内容等は取材当時(2022年9月)のものです。