電気機器の充電に変革の一歩
ワイヤレス電力伝送を10年越しに実現

電気機器の充電に変革の一歩 ワイヤレス電力伝送を10年越しに実現
シニアエンジニア
谷 博之

パナソニック ホールディングス株式会社 技術部門
マニュファクチャリングイノベーション本部
マニュファクチャリングソリューションセンター

Profile

2003年入社し、携帯電話、プラズマTVなどの開発支援システムの開発を担当。パナソニックモバイルコミュニケーションズ株式会社でスマートフォン製造の立ち上げを経験した後、2013年から「マイクロ波無線電力伝送技術」の研究開発に従事。2022年京都大学との共同研究による同技術が電気科学技術奨励賞の最高位である文部科学大臣賞を受賞。現在は事業開発室を兼務し、事業化に向けた活動に注力している。

※所属・内容等は取材当時(2023年9月)のものです。

コンセントやケーブルなどを使わず電波で電力を供給するワイヤレス電力伝送は、電池切れを気にせずスマートフォンやパソコンを使えたり、電源のない場所でも電気自動車の連続運転を可能にするなど、さまざまな分野で活用が期待できる注目の技術です。谷さんは開発リーダーとして10年間にわたり京都大学と共同研究を続け、2022年ついにワイヤレス電力伝送の一つ、「マイクロ波電力伝送システム」を実現。技術を実装したプロトタイプを完成させ、実用化への一歩を踏み出しました。谷さんにプロトタイプ完成までの道のり、事業化への挑戦について伺いました。

Chap.1
わずか1Wの制限下での電力伝送

回り道から得た高効率な送受信技術

Q マイクロ波電力伝送システムとはどんな仕組みなのですか?
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マイクロ波*1と呼ばれる無線電波を使ったワイヤレス電力伝送で、電気を電波に変換して送信アンテナから空間を隔てて受信アンテナに送り、受電回路で直流電力に変換して電力として使用します。

当社は微弱な電力でも高効率に電力を送・受電する小型アンテナ技術、受電したマイクロ波電力を高効率に直流に変換する回路技術を開発。これにより10m範囲内にある複数のセンサーへの同時給電を実現しました。

今回開発したマイクロ波電力伝送システムは、パナソニックグループがこれまで築き上げた無線技術を結集したものであり、多くの知財や論文を出すことができました。このことが評価され、電気科学技術奨励賞の最高位である文部科学大臣賞を受賞。昨春から技術を組み込んだプロトタイプのサンプル提供を実施しており、工場やオフィスなどさまざまな用途での実用化を進めています(写真はTsunashima SST*2での実演デモンストレーションの様子)。

*マイクロ波1:数MHzから数100GHzの周波数の機器に広く適用され、Wi-Fi、自動料金収受システム(ETC)、電子レンジなどに使われている。省令改正により、免許を取得することで出力電力1W以下の920MHz帯のマイクロ波を屋内の一般環境下で利用できる。
*Tsunashima SST2:Tsunashima サスティナブル・スマートタウン(SST)は、工場跡地などの企業不動産を活用したまちづくりプロジェクトの第二弾で、2018年神奈川県横浜市綱島にオープンした。

 

ワイヤレス伝送システムの概要図

 

Q 京都大学との共同開発から10年でプロトタイプが完成。どんな道のりでしたか?
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ワイヤレス電力伝送は身近な家電から産業機器まで、あらゆる領域でイノベーションを起こせる画期的な技術。ただ、対象が広すぎるゆえターゲットが絞り込みづらく、立ち上げ当初から10年間で数度、方向転換を余儀なくされました。最初に着目したのはロボットへの給電でしたが、送電に大電力を必要とすることがネックとなり開発から3年で頓挫。送電に利用するマイクロ波は電子レンジと同じ帯域であるため、電力が大きくなりすぎると人体や他の通信機器に影響を及ぼしかねず、規制面からも困難であると判断しました。


技術開発の方向が迷走するたびに、会社に事業貢献ができていないことに焦りを感じ、何度挫折感に打ちのめされたことか。それでもあきらめず、社会情勢の変化や関連技術の動向に注目し続け、当時普及し始めたセンサーなどのIoT機器に着目。長時間にわたりデータ収集やセンシングをするため電池切れの心配や電源コードの煩わしさの課題を解決できる。「これならいける」と。目指すべきゴールを見つけ、ようやくスタートラインに立つことができました。小電力を高効率に飛ばしてキャッチするには、送電、受電の各単体技術だけではなく周辺の回路やデバイス全体で制御する必要があり、その成果が当社のワイヤレス電力伝送システムの強みにもつながっています。

Q 開発過程でご自身が大切にしてきたことは?

マイクロ波を活用したワイヤレス電力伝送技術の実現には電波法の省令改正が必要不可欠でした。関係各所に技術価値を伝える学会発表や講演は極めて重要な機会と捉え、技術開発と並行して可能な限り参加してきました。この時私が大切にしたのは、見せたい技術をきちんと形にすること。開発技術をセンサーなどと組み合わせたデモ機に落とし込み、実際に稼働させる様子を披露。社内外から1人でも多く賛同者を増やす、これは新規事業を成功に導くための大事なミッションの一つです。

Chap.2
事業化へ顧客開拓に奔走

最後の最後まで自責でやり抜く

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Q 技術者でありながら顧客開拓まで。谷さんを突き動かす思いとは?

技術部門発の新規事業を必達する、その一心です。通常一つの技術を開発した後はパナソニックグループ内の事業会社などに引き継ぎ、技術の事業化を検討していくのですが、このワイヤレス給電の場合、事業の規模感や確度がまだまだ未知数であったため引き継ぎ先を自ら見つけ出す必要がありました。文部科学大臣賞の獲得と省令改正が重なり、勝負に打って出るタイミングと捉え、自ら顧客開拓をかって出ました。幸いにも私は最前線で技術開発に携わってきた分、誰よりも分かりやすく説明できる自信があり、なんら抵抗がありませんでした。

Q 事業化への手応えは?
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現在は、Tsunashima SSTなど、リアルな街の中で実証を重ねながら事業化を目指しています。おかげさまで数社から既に引き合いがあり、中でもインフラ点検業務を省人化、効率化する案件は最も事業化に近いところまで来ています。ひとえに事業開発室のメンバーをはじめ、多くの方からアドバイスをいただいたおかげです。

Q 谷さんが考える、「今すべきこと」とは?
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今回当社をはじめ、関係各所の尽力により省令が改正されましたが、省令に準拠し小電力に特化したワイヤレス電力伝送システムの活用を牽引しているのは当社です。このアドバンテージを最大限に生かし、まずは現行の規則で実績を積み上げて、大電力無線給電への確かな道筋をつくるべきだと考えています。将来的にBtoC領域にも拡大し、世の中のさまざまな機器のワイヤレス化を実現し、電池交換、充電器や電源配線のない世界を目指していきます。例えば、充電器などを使わず室内にスマートフォンなどの電子機器をぽんと置いているだけで自動的に充電ができる、こんな便利な暮らしを思い描いています。

Chap.3
To the Next

開発から事業化まで担う、ロールモデルを築く

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1人の技術者が地道に10年間同じテーマで開発を続けて、事業化まで実現した事例はパナソニックグループでもそう多くはないでしょう。モノを開発する力に売る力も備えた技術者のロールモデルを築き、後に続く若手技術者のために夢を与えたいと思っています。パナソニックグループには社外にもその名を知られるような各分野の第一人者の技術者が数多く活躍しています。社外から見てもその分野の代表的な立場を確立し、業界をけん引する。「ワイヤレス電力伝送といえばパナソニックグループの谷」。社内外からそう呼ばれる日が来るまで精進を続けます。