【6月EX Monthly Meetupレポート】
都市の創造性はいかにして育まれるか?〜スペイン・バスク編〜
英国のシンクタンク「DEMOS」が小冊子『The Creative City』を発行し、「創造都市」という概念が提示された1995年。以降、ポスト工業社会という混迷の時代を芸術文化の力で乗り越えた「創造都市」は脚光を浴び、代表的な街としてスペイン・バスク地方の「ビルバオ」が広く知られるようになりました。
2025年6月のMonthlyMeetup、テーマは「未来の社会づくり」。
ゲストスピーカーの鷲尾 和彦さんが前編で紹介したオーストリア・リンツ市に加えて焦点を当てたのが、上記のスペイン・バスク地方の都市「ビルバオ」です。
街の再生した芸術文化とそのシンボルである「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」。
世界最大の協同組合である「モンドラゴン協同組合」。
そして、街が人を育み、人が街をつくっていく循環モデル。
後半のレポートである本稿では、ビルバオが「創造都市」と呼ばれるその所以と、わたしたちの街づくりへ活かせる豊富な知見を、鷲尾さんのお話から振り返ります。
イベント詳細
EX革新活動をするメンバー同士が活動を共に振返り、フィードバックをし合い、新たな学びの視点を持つことで、今後の活動を加速させることを目的として立ち上がった学びの共有の場。現在はより柔軟に形を変え、社内外の知見を組み合わせることで、新たな共創の形を生み出すことを目的とした、テーマ型のオムニバス形式の勉強交流会へと成長しています。
2025年6月度のテーマは「未来の社会づくり」。オーストリアのリンツ市とスペインのバスク地方、2つの都市それぞれの事例から、未来社会をデザインするヒントを探りました。
登壇者紹介
鷲尾 和彦(わしお かずひこ)
株式会社博報堂・クリエイティブビジネスプロデューサー、株式会社SIGNING(博報堂DYグループ)チーフリサーチディレクター。現在、「文化と経済」「都市/生活圏」をテーマに、戦略コンサルティング、クリエイティブ・ディレクション、新規事業開発などで、民間企業、自治体、国際機関、NGO等とのプロジェクトに従事。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦』(学芸出版社)、『CITY BY ALL ~生きる場所をともにつくる』(博報堂生活総合研究所)、『カルチュラル・コンピテンシー』(Bootleg, 共著)、『クリエイティブ・ジャパン戦略』(白桃書房, 共著)等。
ポスト工業社会を乗り越える、
ビルバオの都市再生プロジェクト。
前半で触れたオーストリア・リンツ市に引き続き、「創造都市」として紹介されたスペイン・バスク地方にある都市「ビルバオ」。後半は同都市の説明から始まりました。
「ビルバオはスペイン北東部に位置するバスク州にある州都で、人口約35万人の中規模都市です。辿って来た歴史はリンツ市と似ており、1960年代から70年代にかけて重工業と港湾の都市としてめざましい発展を遂げました。その後70年代後半から80年代にかけて『ポスト工業社会』を迎え、工業都市としての産業基盤が急速に衰退。都市再生プロジェクトは、その衰退した地域経済を活性化させるために構想され。行政だけではなく民間の力も結集する形で実現しました」。
ビルバオが取り組んだ都市再生プロジェクトの象徴として、鷲尾さんは「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」を紹介します。同施設は、文化的な基盤整備が都市開発と経済的な活性化の双方を達成する戦略になりうる、という考え方に基づいて創設。都市の主要テーマのひとつである「文化的中心性の創出」が役割として期待されており、同時に「開放的」というコンセプトの実現も求められていました。
スペイン国内やヨーロッパ諸地域との交流拡大を促進する装置として期待が寄せられた美術館は、結果として開館以来5年間で入場者数515万人を突破。その経済波及効果は大きく、事業によって1997年から2001年の間にもたらされた直接支出は7億7,500万ユーロ以上に達し、国際的な文化ツーリズムとして大きな成功を収めました。
しかし、鷲尾さんは注目すべきポイントは他にあると話します。
「グッゲンハイム美術館ができて、たしかに観光客は増えたし経済波及効果もあった。でも、ビルバオが大事にしているのは『人』であり、本当にやりたかったことは作り手を増やすことなんです。そこでつくられたのが、アーティスト・イン・レジデンスのスタジオである『ビルバオアルテ(Bilbao Arte)』です」。
「ビルバオは、バスクという地域で人々が自由に創作を行い、ここから世界へと育っていくことを望んでいました。そのため、国際的な戦略のもとで、クオリティの高い表現活動をビルバオから発信できるように、国際的文脈(ルート)を意識した作り手を育成し、送り出していくことに力を入れました。実際に、現在はグッゲンハイム美術館の向かいにギャラリーをつくり、都市との接続性を高めています」。
また、同施設の他にも、近年は図書館やアーティスト・イン・レジデンス、スポーツジム、映画館、セミナールーム、アートミュージアムといった複数の機能が混在した文化施設「アスクナ・セントロア(Azkuna Zentroa)」も誕生。誰もが居場所だと感じられる開放的な場であり、「地域社会の実験室」として、多様な人々とともに街を柔軟にデザインしていこうというビルバオの姿勢が体現されています。
こうしたハードよりソフトを重視するビルバオの動きは、前半のオーストリア・リンツ市と共通する部分があり、両都市ともアイコニックな建物やイベントを持っていながら、そこではなくあくまで人を大事にする姿勢を貫いています。
世界最大の協同組合「モンドラゴン協同組合」
芸術文化で街を興す、一大都市再生プロジェクトに成功したビルバオ。鷲尾さんが次に紹介したのは、同じバスク地方にある世界最大の協同組合「モンドラゴン協同組合」です。
「『モンドラゴン協同組合』は、バスクが生んだ世界最大の生産者協同組合です。1940年代前半、スペイン内戦の影響で貧富の差や失業率が高かった当時。誰もが教育、医療をうけられ、余暇を楽しみ、労働することができる状況をつくりだそうと、ホセ・マリーア・アリスメンディアリエタというカトリック司教が技術専門学校を設立しました。そこの5人の卒業生たちが協力して立ち上げた、『工業協同組合』が同組合の源流となっています」。
組合が創立された時代背景と起源について説明した鷲尾さんは、続けてモンドラゴン協同組合の成り立ちについて、次のように説明します。
「組合は、『コーポラティブモデル』や『シェアビジネス』といった記号から生まれたのではなく、働く人たちが仲間とともに生きていくために、結果として生まれたものです。必要に応じて、必要な機能をどんどんつくってきており、現在は92の自律的かつ独立した協同組合と5つの技術センター、そして7つのビジネスR&Dユニットを持つに至りました」。
モンドラゴン協同組合のビジネス領域は、金融、産業、小売、知識の4つ。2019年の年間収益は122億ユーロ(約2兆円)で、その規模はバスク地方のビジネスランキングで第1位。スペインでも常に10位以内に入っています。
同組合はこれらの収益の6割を地域の自分たちの事業に投資し、さらに、一部を財団に寄付することで、地域の教育と社会貢献活動プロジェクトにも参与。自分たちが儲かると地域が良くなり、地域が良くなると自分たちの暮らしが豊かになるという、正のサイクルで回ってきました。鷲尾さんはこのサイクルについて、「スタートが地域社会のためでないところがポイント」だと指摘します。
「彼らは、内戦の爪痕が残る荒廃したコミュニティの中で、自らの仕事をつくり出すために技術を磨きました。まずは自分のため、それが結果的に地域ためになっていくという流れです」。
仕事をつくり出すために、モンドラゴン協同組合が力を入れているのがR&Dと教育です。特に教育面においては、1997年にモンドラゴン大学という博士号取得が可能な大学が設立されました。バスク地方の産業の核であるガストロノミーをはじめ、起業家育成やヘルスケアサイエンスといった分野が学べる大学です。カリキュラムは通常の大学とは異なり、専門家からのサポートを受けながら仕事の経験を積んでいく「デュアル教育」のシステムをとっています。
「モンドラゴン大学のチームアカデミーと呼ばれる起業家育成コースでは、学生たちが実際に事業をつくり、必要な資金をVCから調達して事業運営を行います。通常の大学のように用意された講義を選択して受ける形ではなく、自分たちの事業の運営にあたって必要な知識をその都度学ぶスタイルです。たとえば、会計の知識が必要になれば、大学側が用意したリストの中からからその分野の専門家を選んで学ぶ。こうした形でそれぞれが事業に真剣に取り組むため、卒業時には実践を積んだ起業家が地域に輩出されるんです」。
地域の事業者が協同組合というコミュニティを組織し、各々の技術を磨き、事業を成長させていく。そして、その成果を地域へ還元し、新たなプレイヤーを育成・輩出する。鷲尾さんのお話から学んだ、地域が人を育て、人が地域をつくるモンドラゴンの循環モデルは、持続可能な地域社会を考えるにあたり、とても示唆に富むものでした。
共創・共助社会の第一歩
オーストリアのリンツ市と、スペイン・バスク地方のビルバオとモンドラゴン。両国の事例を学んだのち、参加者同士で得た学びや気づきを共有する時間が設けられました。多様なバックグラウンドを持つ参加者たちが、社会の形成者として自分たちに何ができるかを真剣に考え、対話する風景は、まさに技術未来ビションが目指す「共創・共助社会」の縮図のように感じました。
2025年6月度のテーマは「未来の社会づくり」。その一歩がここから始まることを期待しつつ、今後も皆様とともに学び続け、対話を通して深めあう場を、引き続き育んでいきます。
登壇いただいた鷲尾さん、そしてご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。
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