【7月EX Monthly Meetupレポート】
自由意志を超える、連綿と続く挑戦文化の醸成〜NoMaps編〜
「この熱量を、なんとか長く維持できないだろうか」━━。
コミュニティの運営や定期開催イベントを担当したことがある人なら、誰もがこの課題にぶつかるでしょう。多くの人が集まり、交流し、感動を分かち合い、「次はこうしたいね」「絶対またやろうね」と熱く語り合う。その場の熱は哀しいかな、良し悪しにかかわらず、時間とともに失われていくのが常です。
一時のテンションをモチベーションに、そしてムーブメントから文化へと昇華していく。言葉にするのは簡単ですが、これまでに多くのコミュニティリーダーやイベンターがこの難題に挑み、苦渋を味わってきました。
そんな中、2016年の開催から10年近く熱量を維持し、コミュニティを強固にしてきた祝祭があります。北海道は札幌市、毎年9月に開催される、共創・イノベーションをテーマとした産官学連携による複合型フェスティバル「NoMaps」。
全国から多種多様なジャンルのプレイヤーが集い、交流し、共創を生む“熱源”となっているイベントです。NoMapsは、いかにしてこれを実現し、そして継続してきたのか。本稿では、熱量維持に取り組んできた「NoMaps」事務局の佐藤 みつひろさんと、 の応援し合う文化の中で挑戦を続けるクラフトビール醸造会社permanent代表の木村 亮太さんのお話から、そのヒントを探ります。
イベント詳細
EX革新活動をするメンバー同士が活動を共に振返り、フィードバックをし合い、新たな学びの視点を持つことで、今後の活動を加速させることを目的として立ち上がった学びの共有の場。現在はより柔軟に形を変え、社内外の知見を組み合わせることで、新たな共創の形を生み出すことを目的とした、テーマ型のオムニバス形式の勉強交流会へと成長しています。
2025年7月度のテーマは「未来の働きかた」。2016年より、北海道・札幌の地で毎年開催されている実証実験型都市フェスティバル「NoMaps」の事例から、「挑戦を応援する風土」と「連綿と続く挑戦文化の醸成方法」を探ります。
登壇者紹介
佐藤 みつひろ(さとう みつひろ)
実証実験型都市フェスティバルである「NoMaps」事務局において実証実験マネージャーを担当。札幌市の産官学をつなげ、チャレンジする風土の醸成を行う。属人的にならないチャレンジの仕組みづくりを目指し、担当者が変わっても方針が継続するよう、市の担当部門(まちづくり政策局)に「NoMaps」文化を定着させる。
木村 亮太(きむら りょうた)
クラフトビール醸造会社permanent代表。大手オフィス家具メーカーの営業時代に、コロナ禍を経験。コロナ禍に営業活動が全くできない時期に「仕事”とは何か」を見つめ直すため、クラフトビールの世界へ。仕事は「終わらない遊び」であると再定義。クラフトビール醸造の発酵プロセスも「終わらない遊び」と捉え、permanentを創業。
まちを動かす熱——NoMapsが生んだ10年の挑戦。
夏真っ盛りの茹だるような暑さの中で開かれた7月のMonthlyMeetup。涼を求めてイベント開始時刻より少し早めに集まった参加者たちは、会場の様子を見学しながら、他の参加者と名刺交換をしたり歓談を楽しんだりと、思い思いに過ごしていました。
イベント開始時刻を迎え、開場にはたくさんの参加者が集まります。最初はパナソニックHDの甫足さんから挨拶とMeetupの趣旨説明があり、その後全体で参加者の自己紹介へ。事前に考えてきた興味のあるテーマについて発表しました。以前からNoMapsに興味があり、その裏側を知りたいという参加者や、「ビールが大好きで……」と話し、会場の笑いを誘う参加者など、さまざまな参加動機を持った方がいることがうかがえました。
自己紹介を終え、いよいよゲストによる講演が始まります。「10年続く自走型のイベントとしては、日本で一番大きい規模になったと思います」。そう語るのは、NoMaps実行委員会の佐藤 みつひろさん。2016年の初開催から数えて約10年。札幌のまちを舞台に、人と技術と文化が交わるこのフェスティバルは、単なるイベントを超えた“共創のプラットフォーム”へと進化してきました。
「最初は札幌市の5000万円の支援から始まったんです。でも、行政の支援っていつか終わるものですよね。僕たちは、その時点で止まってしまうようでは意味がないと思っていました。だから、立ち上げの頃から“どうやって自分たちの力で続けるか”を考えていたんです。行政や企業、市民がそれぞれの立場で関わりながら、同じ温度で動けるようにしたい。僕はそれを“温度感”と呼んでいて、NoMapsを支える一番の基盤は、実はそこなんです」。
佐藤さんが言う“温度感”は、まちづくりの土壌そのものを指しています。制度やルールではなく、人と人の間に通う信頼の温度。それがNoMapsを支えており、継続の柱になっているそう。
「担当者が変わっても、ちゃんとその温度が受け継がれるようにしたいんです。だから、行政の中にも“NoMapsなら仕方ないよね”と笑ってくれる人が増えていきました。『あの人たちが言うなら一回やってみようか』って空気ができる。そうなると、できない理由じゃなくて“どうすればできるか”を考える人が増えるんですよ。少しずつまちが柔らかくなって、動き出す瞬間が生まれていく。それが一番うれしいですね」。
NoMapsの開催期間中、札幌の中心部はまるごとイベント会場に変わります。大通公園、地下歩行空間、すすきの商店街など、あらゆる場所が人々の活動の舞台になります。
「カンファレンスもあれば、実証実験もあるし、ラジオ体操やゾンビダンスまである。まち全体を“試すフィールド”にすることで、参加する人が自分の興味を実験できるようにしています。NoMapsの真価は、そうやって市民一人ひとりが“プレイヤー”になることなんです」。
佐藤さんはもともとマーケティングの専門家として、多くの企業やクリエイターと協働してきました。
「テクノロジーって、目立たなくなったときに一番役に立っていると思うんです。通知が届くとか、アプリが自然に動くとか、当たり前になった瞬間が本当の価値なんですよ。NoMapsも同じで、派手なことを見せたいわけじゃなくて、仕組みをまちに溶け込ませたいんです。見えなくなったときこそ、それが文化になっている証拠だと思うんです」
「10年やってきて、ようやく“続けること”の意味が見えてきました。僕たちはイベントをやっているんじゃなくて、まちの中に“挑戦が生まれる環境”をつくっているんです。誰かが面白いことを始めたら、それを見た誰かが“次は自分もやってみよう”と思う。その連鎖が続く限り、NoMapsの熱は消えないと思っています」。
好きから始まる挑戦——クラフトビール「permanent」の物語
佐藤さんが語った「試す文化」は、まちの中だけにとどまりません。その思想は、NoMapsに関わる多くの人々へと波紋のように広がり、個人の挑戦にも形を変えて息づいています。札幌市南区の自然豊かな藤野地区でクラフトビールづくりに取り組む木村 亮太さんも、そのひとりです。彼が営むブルワリー「permanent(パーマネント)」には、NoMapsが掲げてきた“自走”の精神が宿っています。
「コロナがきっかけで、自分の生き方を真剣に考え直したんです」。木村さんは穏やかにそう語り始めました。大阪のオフィス家具メーカーで営業として7年間働き、順調にキャリアを積んでいた彼にとって、パンデミックは突然の転機でした。「コロナがきっかけで、自分の生き方を真剣に考え直したんです」。
大阪のオフィス家具メーカーで営業として7年間働き、順調にキャリアを積んでいた彼にとって、パンデミックは突然の転機でした。
「お客様も会社も止まってしまって、営業の仕事がなくなった。外に出られない毎日を過ごしていたら、『自分は何をして生きていくんだろう』って、初めて立ち止まったんです。これまで“売る側”にいたけれど、心のどこかで“作る側”になりたいという気持ちがあったんですよね。そんなときに出会ったのがクラフトビールでした。全国のブルワリーがコロナ禍で困っていて、楽天で共同販売をしていたアソートセットを買ってみたんです。届いた箱の中に、9社それぞれのストーリーが書かれた冊子が入っていて、読んでいるうちに心が動きました。『ああ、自分もこんなふうにものづくりを通して誰かを喜ばせたい』って思ったんです」。
そこから彼の人生は一気に動き出します。
「地元・札幌に戻って、澄川ビールという小さなブルワリーで修行を始めました。1回150リットルの仕込みを、年間200回。毎日タンクを洗って、原料を量って、温度を管理して……。最初は寸胴鍋と家庭用冷蔵庫ですよ。でも、作っていると“生き物を育ててる”感覚になるんです。発酵って、思いどおりにならない。でも、だからこそ面白い。少しの条件で味が変わるから、1回ごとに発見があるんです」。
修行を重ねた2年間で、彼は醸造から販売、デザインまで一通りの工程を体で覚えました。
「2023年に『permanent』を立ち上げました。ブランド名の“パーマネント”には、“永続するもの”という意味があります。でも、それは会社のことじゃなくて“熱量のこと”なんです。好きなことを続けていくためには、情熱を持ち続けることがいちばん大事だと思って。ビールも、時間が経つほど味が変わる。だから、僕は瓶内で二次発酵させる『ナチュラル・パーマネント』というシリーズを作りました。瓶の中で生きている酵母が、ゆっくりと味を熟成させていく。飲む人が“今”開けるのか、“1年後”に開けるのかによって、味が全く違うんです。つまり、完成を飲み手に委ねるビールなんですよ」。
そう語る木村さんの姿は穏やかですが、奥には職人気質の真っ直ぐな熱が見える気がしました。
「好きなことを仕事にするのは怖いですよ。でも、嫌いになるほどやり込まないと本物にはならない。僕はその覚悟でやっています。売れなくても、納得できるものを作る。それができるのは、自分で選んだ道だからなんです」。
木村さんの挑戦は、NoMapsが掲げる“自走”の精神そのものです。誰かの支援に頼り切ることなく、自らの好奇心と手で生み出す文化。その一本のボトルに込められた熱は、札幌のまちに静かに、しかし確かに広がり始めています。
続けるための仕組み——「環境が人を動かす」NoMapsの設計思想
「小さな活動を長く続けることは、それ自体が成果なんです」。パナソニックHDの福井さんは、そう今回のMeetupを振り返りました。
「結局のところ、属人的に頼る活動って担当者が変わった瞬間に止まるんですよ。札幌市の行政ように2、3年で人が入れ替わる組織ならなおさらです。だから最初から“人ではなく環境で続く仕組み”を設計しなければいけないんです」。
NoMapsでは、行政と事務局が一体となり、属人的な熱を“構造”に変える工夫を続けてきました。
「たとえば、関係者を一堂に集めて会議を開くと、誰も“ノー”とは言わないんです。個別に決裁を回すと時間がかかりますが、全員を同じ場に集めて一気に合意を取る。会議フォーマット自体を文化にしてしまうことで、意思決定が止まらなくなるんですよ」。
その仕組みは、リーダーが交代しても自然と継承される。制度ではなく“行動様式”として染みついているのです。「人は自由意志で動いているように見えて、実は環境に規定されている」と、福井さんは“構造構成主義”の視点をもとに、コミュニティ運営を解説。
「熱量を上げるより、熱を伝播させる環境を整える方が大事なんです。環境が正しく設計されていれば、誰が入ってきても同じ行動が生まれる。NoMapsはまさにその好例ですね」。
担当者が変わっても、同じ熱量が生まれる。そこに、札幌市と事務局の10年の知恵がありました。さらに、NoMapsの文化は“学びの構造”としても機能しています。
「新しい技術を教えるんじゃなくて、“学び方”を教えるんです。学び方を身につけた人が次の人を育てる。そうやって自律的な学習組織になっていくと、誰かが抜けても回り続ける。教育システムが内蔵されたコミュニティって、強いですよ」。
この言葉の背景には、NoMapsが単なるイベントではなく、“共創プラットフォームを設計する実験”であるという思想があります。
「最初の頃は、属人的な熱量で回していたと思います。でも、今は違う。二代目、三代目の事務局が自然に引き継いでいる。文化になるって、そういうことなんですよ。誰がやっても“ああ、NoMapsらしいね”って言われる状態。それが理想です」。
そして最後に、福井さんはこう続けました。
「木村さんが“発酵は終わらない遊び”って言っていたでしょう? あれはNoMapsをはじめ、さまざまな共創プラットフォームにも通じます。熱量も文化も、終わらない遊びのように続いていく。効率ではなく、楽しみながら仕組みをつくることが一番の鍵なんです。それは会社という組織であっても変わりません。遊びをやめた瞬間に、イノベーションは生まれなくなり、文化は停滞してきます」。
NoMapsの事例から学んだのは、熱狂だけでも制度だけでもなく、“人が動き続ける環境”を設計するという考え方でした。誰かの挑戦が次の誰かの行動を誘発する。そうした土壌を耕すために、私たちの属する組織やコミュニティで何をすべきなのか。それぞれの場所にカルチャーフィットする形で試行錯誤を続けていき、またこの場で学びを共有できれば幸いです。
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