誰が為の技術か。
現場へ通い、深い顧客理解を得られる技術者に。
「技術者は現場に足を運び、顧客の課題と真摯に向き合うべきだ」━━。
インタビューの冒頭、強い言葉でそう指摘したのは、技術部門DX・CPS本部、デジタル・AI技術センター、クラウド・エッジソリューション部5課の廣田 照人さん。その言葉の背景には強い課題意識がありました。
「相手のことを考えず、技術の“押し売り”をしていてはダメになる」。
昨今、顧客の現場に足を運ばない技術者が増えたと語る廣田さん。技術起点で何ができるかを考えるのではなく、顧客が抱えるリアルな課題を見て、自分たちの技術がどう課題解決に活かせるかを考えるべきだと主張します。
教科書には載っていない、現場の生々しい課題。
正解のない難題に立ち向かう現場技術者の姿と、彼らの育成に挑む過程を追いました。
廣田 照人(Hirota Teruto)
1989年松下電器産業株式会社(現パナソニックホールディングス株式会社)入社。30年以上にわたり、ワークステーションソフト開発やSDメモリカード開発、UniPhierソフト開発といった、さまざまな技術開発を手掛けてきた。近年はAI×ロボティクス開発や生成AI×機器開発などの先端技術領域の開発に携わりつつ、社内有志が集う研修会「デジタル技術応用塾」にて後進の技術者育成にも積極的に取り組む。
技術者は現場へ出て、リアルな課題と向き合うべき
冒頭、「現場に足を運ばない技術者が多い」との厳しい指摘から始まったインタビュー。これまで長く技術開発に携わり、社内外の多くのプロジェクトを手掛けてきた廣田さんは、明るい笑顔の中に若干の憂いを滲ませつつ、次のように話します。
「技術者が外に出て、現場のリアルな課題に触れ、自分たちの学んでいる技術でどう課題解決に活かすか考えて取り組む。そんな話を最近の新しい顧客から聞かなくなった」。
社内では数多くのプロジェクトが進行しており、中には顧客と緊密な関係を築き、インサイトに基づいて施策提案をする企画もあるとのこと。ただ、そんなプロジェクトでも実際に現場に足を運んだ技術者は一部だと言います。
「みんな自分たちの技術で何ができるかは話せる。でも、相手のことを見ていない、考えていない。だから、技術の“押し売り”になってしまう。どれだけ技術がすごくても、相手にとって価値が無ければ見向きもされない。自分の手の平にある技術だけを見て仕事をしていたら、どんどん顧客から遠ざかってしまう」。
極端な話、顧客にとっては技術の価値はそれほど重要ではなく、いかに自分たちのビジネス課題を解決してくれるのかの方が大事です。そこを捉え違えて技術を中心に物事を考えてしまうと、顧客の課題解決から遠い技術になってしまう。廣田さんはその危険性について警鐘を鳴らし続けてきました。
そんな廣田さんの課題意識が現れている、社内公募型の塾があります。その名も「デジタル技術応用塾」。社員の技術習熟やスキルアップを目的とした自発的な学びの場で、毎年15名ほどの塾生が集まります。廣田さんは、このデジタル技術応用塾にて長く塾長を務めてきました。
「公募型の塾なので、参加が必須のものではない。興味のある社員が自ら手を挙げて参加する形です。一部は『行ってこい』と強制されて来ているだろうけど、内実はわからない。ただ、一度参加してくれた卒塾生や、噂を効いた上司から推薦されて参加したというパターンが、ここ最近は特に増えていますね」。
塾生の多くは30歳中盤の現役世代。役職はさまざまで、フラットに学び合う土壌があるそうです。そんな同塾の特徴が、徹底した現場主義。カリキュラムのほとんどが現場での学びで、ここに廣田さんの課題意識が現れています。
探索型プログラムの核、“ダブルダイヤモンド”モデル
デジタル技術応用塾の特徴である現場主義。その重要性を学ぶプログラムとして、廣田さんは2025年に淡路島の洲本市で実施した「デジタル技術応⽤塾2025~洲本ワークショップ~」を紹介します。
「我々が普段取り組んでいる多くの仕事は、いわゆる『深化型』と呼ばれるものです。確実にやり遂げるべき目標があり、100%到達可能なゴールに向かって確実なプロセスを経てゴールにたどり着く。一方で、洲本ワークショップでは実際に現地の商店街を訪れ、フィールドワークを行い、課題を発見して解決策を講じるといった一連の過程を体験します。そこでは不確実なものを不確実なものとして受け⼊れて対峙し、さまざまな手法を取り入れながら少ない成功確率を上げてく必要があり、我々はこれを『探索型』と呼んでいます」。
洲本ワークショップでは、プログラムの最初にチームビルディングのアクティビティを実施。チームごとに連帯感を高めた後、座学でデザイン思考のプロセスである「デザイン・プロセス」を学びます。デザイン・プロセスとは、平たく言えば課題意識における思考法・プロセスの一種で、一般的に「デザイン思考」の名で知られています。その特徴は、ユーザーの視点に立ち、共感を出発点として課題を解決し、革新的なアイデアを生み出すこと。これはまさに廣田さんが大切にしている部分でした。
「座学で思考法を学んだ後は現地へ赴き、商店街のフィールドリサーチを実施。できるだけ『人』に着目し、複数の場所を回りながら写真やメモで記録をしていきます。情報の集め方で大事にしているのが、『主観(Findings)』と『客観(Facts)』で分けること。たとえば、お店の前にお客さんが並んでいたとき、『退屈そうに並んでいた』は主観ですよね。一方、『5人が並んでいた』は客観です。こうした事実と解釈を分け、リサーチを行います」。
リサーチを終え帰ってきた塾生たちは、フィールドワークで集めた情報を整理し、目的に応じた気づき(Insight)を探索。それらをもとに正しい問題を設定、解決策の模索へと進んできます。塾では、これらのプロセスを「ダブルダイアモンドモデル」と呼称。与えられた課題を解決する従来の「課題解決型」ではなく、課題そのものを探索・発見し、定義するところから始める「課題発見型」の研修を行ってきました。
その後プログラムは2日目へと移り、いよいよアイデア創出と選定の段階へ。課題設定のタイミングで導き出した「HMW-Q(How Might We~?):どうすればできるだろうか?」の問いをさらに吟味し、必要であれば追加でフィールドリサーチを実施。アイデアスケッチシートに従って、アイデアのイメージを固めていきます。
練り上げたアイデアは、身近なものを利用して実際に制作。試作品として成果を発表します。ここで大事なのは、手に取れるカタチのものを見せること。その理由について、廣田さんは次のように説明します。
「作って終わりだと、冒頭に言ったような“技術の押し売り”になってしまいかねない。大事なのはその技術を使って、本当に課題が解決できるのか、です。だから、見せるべきはモノではなくコト、つまり体験なんです。そのため、発表では実際に使用されるシーンを演じてもらうことにしています」。
現場へ足を運び、リアルな課題に触れ、デザイン・プロセスでアイデアを創出。それらを迅速に形にし、プロトタイプとしてテストを行う。得られるのは生の体験とフィードバック。この学びこそ、まさに廣田さんが仕事の中で大事にされている哲学でした。
高い技術力の、その先へ。
2日間のプログラムを体験した塾生たち。彼らはどのように受け止めているのでしょうか。廣田さんは過去の塾生の姿を思い浮かべながらこう振り返ります。
「良い経験になっていると思いますよ。実際の仕事で同様のプロセスが必要になったとき、『以前に研修でやったことがある』というのが心理的なハードルを下げてくれますから。やり方さえわかればあとは自分でできますしね。現場へ足を運ぶ重要性はもちろん、そこで得られる気づきや楽しさ、面白さに気づいてもらえたら、それが一番じゃないですか」。
「結局は興味があるとか楽しいとかが一番強いんだよね」と笑いながら話す廣田さん。ワークショップの様子を撮影した写真でも、多くの塾生が笑顔だったのが印象的でした。
最近は、社内だけでなく社外からも注目を浴びているという同プロジェクト。取材の最後まで、「現場だけが変わっても上の意識が変わらないと大きくは変化しない」と、廣田さんの厳しい調子は変わりませんでしたが、今後若い技術者たちの意識が変わり、「先輩ちょっと現場見に行きませんか」と誘う未来もあるかもしれません。そんなとき、声を挙げる若い技術者はきっと、同塾の卒業生たちだと思います。
技術だけでなく、顧客の体験まで考えて製品をデザインできるようになれば。過去の先達たちがたどり着いた、技術のその先にある地平を描けるようになるのかもしれません。
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